悲鳴のする方へと駆けつけると、人集りの中心に三人の男と一組の親子がいた。
「なんかあったんすか?」
どういう状況なのかわからない俺は、近くにいた人にたずねてみる。
「あぁ……街一番のゴロツキが暴れてるのさ」
「またなんで?」
「どうも、魔獣騒動の頃に子どもに恥をかかされたみたいでねぇ。虫の居所が悪いのさ」
つまり、『八つ当たり』というやつだ。
男たちは一人の子どもを取り囲み、何度も踏んだり蹴ったりしている。
父親らしき人物も、ひとしきり蹴られたり殴られたりしたのだろう。既にボロボロだ。
ボロボロになりながらも父親は、三人の中でリーダー格のようなガタイのいい男に、泣きつきながら訴える。
「お、お願いします、もう……もう、やめてください……っ!」
「うっせぇ! 黙ってろ!」
リーダー格の男は父親を一蹴すると、子どもへと向きなおる。
「テメェんとこのガキの躾がなってねーから! こうやって代わりに躾てやってんだろうがァ!」
リーダー格の男の取り巻きの、背の低い小太り気味の男と細身の男が下品に笑う。
「アニキ直々に躾てもらってんだ」
「感謝しろよな!」
「お願いします! 私はどうなってもいいので、その子だけは見逃してください……!」
「ギャーギャーと……うるせぇーんだよ!」
リーダー格の男が子どもの頭を踏みつけようとした、その時――――――!
「うるせぇのは、テメーの方なんだよ」
先程まで近くにいたはずのロキが、いつの間にかリーダー格の男の前に立っている。
そして軽く上げた足のつま先で、踏みつけようと男の足を止めていた。
「なっ……!?」
「んな弱っちぃヤツらを痛めつけて、イキがってんじゃねーよクソが」
そう言ってロキは、まるでボールを蹴り上げるかのように、自分よりガタイのいい大柄の男の足をを蹴り上げた。
その勢いで、リーダー格の男はバランスを崩して倒れる。その時頭を強打したためか、男は軽く気絶したようだ。
すると、細身の男が何かを思い出したように『ハッ!』と声を上げた。
「こ、このガキ……あの時の……!」
「あー! 思い出したー!」
突然、妹が三人を指さしながら声を上げる。おや? 知り合いか?
「何だ、ヒナ。アイツらを知ってんのか?」
「知ってるも何も! 前にロキロキにボコボコにされた人たちだよー!」
「へぇー、ボコボコに……」
ん? ちょっと待てよ。
さっき『魔獣騒動の頃に子どもに恥をかかされたみたい』の子どもって、もしかしなくてもロキのことか?
「小さな子イジメてた卑怯な人たち!」
「うるせぇーぞ、クソガキ! 殺すぞ!!」
妹の声が大きかったばかりに、小太り気味の男に聞かれてしまったようだ。男が妹に『殺す』宣言をしたことで、俺はカッとなり……。
「あぁ!? ウチの妹を殺すだァ!? テメー、ふっざけんな! んなことしたら、俺が殺されるだろうが! 親父にィ!!」
と、反射的に叫んでしまった。
カッとなったこともあるが……思わず出てしまった俺の言葉に、静寂が流れる。
「なにやってんだ、バカ兄貴……」
冷ややかなロキの視線と、その場にいる全員の戸惑いの目が集まる。
いやだって、妹に何かあったら親父に殺されるのは確実だから! だって、本能が親父を恐れてるから!!
あれは何年前の話だったか……昔、庭を動物に荒らされた時期があった。庭にこれ以上被害を与えないためにと張っていた網に、ある日の夜中。野生の雄鹿の角が引っかかった。
ちょっと何言ってるか分からないとは思うが、ウチの親父殿ときたら……なんということでしょう! 網に引っかかっていた雄鹿を、最終的にはヘッドロックをかけて絞め殺したのだ!(な、なんだってー!?)
まぁそんな感じで。ウチの親父は、素手で野生の雄鹿を倒せる……そんな父親だぞ? 半分は血が流れてはいるとしても。只の一般人として育った俺が、化け……そんな親父にかなうわけないじゃないか!!
「な、なんだテメェ!? 引っ込んでろ!」
「はい! 引っ込んでます!!」
今の俺の判断の速さは、きっと天狗面のおじいさんもニッコリの速さだろう。
だってあまりの速さに「引っ込んでろ!」って言った本人が、思わず「お、おう……そうか……」みたいな顔してるからな。
「……っ、クソが! 調子に乗りやがって……!!」
俺が茶番をしていたせいで、気絶していた男が目を覚ましてしまった。男は勢いよく立ち上がって、ロキのフードを掴む。
「しまっ……!」
ロキのフードが脱がされる。
美しい赤と白の髪が、光を反射しながら宙を舞う。
――――――その瞬間。俺と妹、伊織を除いた全員の表情が凍りついた。
「な……お前……っ!」
どこからか悲鳴が上がる。
何が起きたのか分からず、俺はロキの方へと視線を向ける。……そこには瞳から光が失われ、俯くロキの姿があった。
「ま、魔族だ!」
「魔族がどうしてココに……!?」
「結界は!? 結界はどうなってるの!?」
その場にいる全員が『魔族』という単語に、動揺し始める。
「魔族は……!」
その言葉が全ての合図だった。
「出ていけっ!!」
何かが飛んでいったと思った瞬間、ロキが額を抑える。
「……っ!」
「おい、ロキ。一体どうし……」
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