コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第11話:古本屋
午後3時過ぎ、小雨の降る裏路地。雨粒が石畳に淡い輪を広げていく。
傘も差さずに歩くのは、背の低い女性。
薄いグレーのカーディガンにワンピース、足元は濡れて色の変わった革のバレエシューズ。髪は肩につく程度の黒髪で、前髪が少しだけ曲がっている。名前は白石紗耶(しらいし さや)、二十七歳。
スマホが震えた。
《その本は返せ》
知らない番号の一文に眉を寄せた瞬間、路地の奥に木製の看板が目に入った。古びた文字で「文々堂書店」と書かれている。
中に入ると、ほこりの匂いと薄暗い裸電球の光。無言の店主らしき老人が、カウンターの奥からじっと紗耶を見ていた。
棚の隅に、革張りの日記帳があった。開くと、そこには見知らぬ人物の生活が日付順に綴られている。最後のページには——今日の日付と、雨の路地を歩く紗耶の姿。
心臓が強く打ち、手が震える。
慌てて棚に戻そうとしたが、日記は指先から離れなかった。紙の中の“紗耶”がゆっくりこちらを振り返る。
外に出たとき、店も路地も消えていた。
手の中には、まだ濡れた日記が残っていた。