「七年も一緒にいて、情はなかったのかって話。幼馴染なら、友情はあったのよね」
「まぁ……な。けど、結亜は昔っから兄さんしか見てなかったからな。俺のことは兄さんのおまけくらいにしか思ってなかったと思うぞ」
「匡の方が年が近いのに、お兄さんが好きだったんだ?」
「女って年上の男に憧れるお年頃ってあるだろ?」
知った風なことを、と思ったが言わなかった。
それに、結亜さんからしたら匡だって年上だ。
要するに、匡は彼女に年上認定されなかったということだろう。
「けどさ? 友情から始まる恋もあるじゃない? 私たちだって最初は友達だったし」
膝の上に頬をのせて彼を見上げると、急にまじめな表情でじっと私を見るからドキッとした。
「お互いに好きな相手がいるんじゃ、何も始まらないよ」
「……」
結亜さんの相手は匡のお兄さんで、匡の相手はきっと私。
それがわかるから、私はふいっと顔を背けた。
「結亜、初めてだったんだよ」
「え……?」
背けた顔を戻す。
匡が、素早く数回瞬きをした。
それから、膝を抱えた私の肩におでこをくっつけてもたれかかってきた。
「兄さんを想って泣いてるあいつを抱くの、きつかったなぁ」
経験がなくても、そのツラさは想像できる。
匡は、セックスの時もお喋りをしたりイタズラしたりして、楽しもうとした。
感じて悶える私に翌日のメニューをリクエストしたり、私の下着をネットに入れずに洗濯してしまったことを謝ったりした。
もちろん、そうではない時もあったけれど。
「子供ができればセックスしなくてすむ……とか思ったんだろうな。結亜は妊娠することに躍起になっていったよ。それはもう、異常なほどに」
七年間のうち、何年そうした生活が続いたのかはわからないけれど、結局子供ができずに離婚したということか。
「タイミングを調べて、精のつく食材調べて、ついには妊娠しやすい体位まで調べて。それでも妊娠しなくて、病院にも通って。そのうち、俺が仕事の付き合いで酒を飲んだり、タバコを吸う人のそばにいるのもダメだって言うようになって。妊娠しやすい日にセックスできないとヒステリックになったり大泣きしたりするようになって。鬱……って診断されたわけじゃないけど、そう思えるような言動が増えて」
「……やり放題で何が不満なの、とか思ってごめん」
私は、匡の体の下敷きになっていない方の手で、彼の頭を撫でた。
正確には毛先を掌に擦り付けるようにして扱いた。
チクチクした感触が癖になりそうだ。
「さすがに、ひでぇ」
「ごめん」
笑いをこらえて肩を揺らしているのがわかって、私は頭を撫でる手に力を入れた。
匡が勢いよく顔を上げる。
「禿げる!」
わざと、あっけらかんと笑う。
「もっと深刻そうに同情しろよ」
「え?」
「つけ入れないじゃん」
「私相手に――」
『つけ入ってどうするの』と言おうと開いた唇は匡のそれによって塞がれ、容赦なく侵入してくる舌が私のそれを絡めとる。
素直に受け入れたのは、同情したからではない。と、思う。
そう、思いたかった。
匡の手が膝頭に触れ、ワイドパンツの上から脛を撫でながら足首まで下りていって、ワイドパンツの裾から素肌に触れ、膝に戻ってくる。
「ん……」
声が漏れたのは、くすぐったくてだ。感じたわけじゃない。
「千恵……」
匡は私に、何を求めているのだろう。
聞けばいいのに、聞かなかった。
キスで唇が塞がれていることを言い訳にして。
「匡……」
私は匡に、何を求められたいのだろう。
セフレなんて嫌だと言いながら、別れた夫以外の男に抱かれて嬉しかった。
自分もまだ、『女』なのだと思わせてくれたから。
「千恵……」
高く甘えるような声で名前を囁かれ、下腹部が疼く。
ワイドパンツがすっかりたくしあげられて、足の付け根で丸まっている。
私はまだ酔っている。二日酔いだ。
匡の首に腕を回してしまったのは、酔っているからだ。
「ねぇ」
「ん?」
「槇ちゃんは?」
「今頃かよ」と、匡が笑う。
「仕事してるだろ。今日、金曜だぞ」
「え、あ! 匡は? 仕事」
無職の私には、曜日感覚がほぼない。
会う日を決めた時、最初は金曜の夜にしようとしたが、槇ちゃんが遅い時間に会議があるからと木曜になったのだった。
槇ちゃん、大丈夫だったかな。
まったくもって今更だ。
もう、午後も二時だ。
「俺は割と自由なんだよ。土日もあんまカンケーないし」
そう言いながらも、彼の手はショーツ越しに蜜口に触れる。
「え、いくら次期社長でも、それで大丈夫なの?」
「は? 社長?」
「え?」
甘い雰囲気はどこへやら。
顔を見合わせ、瞬きをする。
この前、匡は経営者ではない、と言った。
私はそれを、勝手に『まだ』だと思った。
離婚によって、結亜さんの実家の後ろ盾を失くして、そのあとはどうなったのだろう。
「ああ」と匡が私の考えを察したかのように頷いた。
「実家の会社は手放したんだ」
「え――――?」
手放した!?
「頑張ったんだけどさ? やっぱ、こんな若造が政略結婚して次期社長なんて、何年かで認めてもらえるもんじゃなくてさ」
「けど……」
政略結婚までしたのに……?
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