テラーノベル
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城が見えたのは、日が沈みきる直前だった。
黒く歪んだ城壁は霧の奥に溶け込み、まるで最初からこの世界に存在していなかったかのように佇んでいる。
「……あれが、デブル城か」
誰かが呟いた。
冒険者たちは足を止めたまま、誰ひとりとして城に近づこうとしなかった。
ここに来るまでに、幾つもの死体を見た。
剣を折られ、魔法を撃ち尽くし、それでも辿り着けなかった者たちの末路だ。
この城には魔王がいる。
それは疑いようのない事実として、誰もが信じていた。
だが――
城からは、物音ひとつ聞こえなかった。
重々しい音を立てて、城門が押し開かれた。
覚悟していた迎撃は、なかった。
魔物の咆哮も、魔法陣の光もない。
ただ、冷えきった空気が冒険者たちの間を流れただけだった。
「……静かすぎる」
先頭の剣士が、そう呟く。
城内は、すでに崩れかけていた。
壁には深く抉られたような亀裂が走り、床には焼け焦げた跡が無数に残されている。
明らかに、戦いがあった。
しかも――激しい戦いが。
折れた槍が柱にもたれかかり、刃こぼれした大剣が床に転がっている。
だが、それらを握っていたはずの者の姿は、どこにもなかった。
血の跡は、ほとんど残っていない。
まるで、この城そのものが、すべてを飲み込んだかのようだった。
冒険者のひとりが、乾いた喉を鳴らす。
「……魔王は、俺たちより先に……誰かと戦ったのか?」
誰も答えなかった。
ただ一つ、全員が同じ違和感を抱いていた。
――この城で行われた戦いは、
――“魔王討伐”とは呼べないほど、あまりにも一方的だったのではないか、と。
城の奥へ進むにつれ、破壊の度合いは明らかに異質なものへと変わっていった。
通路の壁は内側から抉り取られたように崩れ、天井には巨大な亀裂が走っている。
ただ壊れたのではない。
叩き潰されたのだ。
冒険者たちは言葉を失った。
これは戦闘の痕跡ではない。
城そのものが、力に耐えきれず砕け散った――そんな印象だった。
やがて、巨大な扉が姿を現す。
玉座の間へ続く扉だ。
片側は完全に吹き飛び、残された扉も歪んで壁に食い込んでいる。
本来なら、決して破られるはずのない防御だったはずだ。
中へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
胸の奥を直接掴まれるような圧迫感。
呼吸をするだけで、身体が重くなる。
「……来るな」
誰かが、震える声でそう呟いた。
玉座の間の中央は、完全に消し飛んでいた。
玉座は跡形もなく砕け、床には巨大なクレーターが穿たれている。
一撃。
それだけで、この空間すべてが破壊されたのだと、誰の目にも明らかだった。
だが――
魔王の姿は、どこにもない。
それでも、確かに“何か”は残っていた。
見えないはずの存在が、
まだこの場に立っているかのような感覚。
冒険者の膝が、音を立てて床についた。
「……魔王は、ここにいた」
誰も否定しなかった。
そして、誰もが同じ答えに辿り着いていた。
――もし、これを成した者と戦うことになれば、
――自分たちに勝ち目は、最初から存在しない。
玉座の間に、足音が響いた。
重く、ゆっくりとした足取り。
それだけで、冒険者たちの背筋が凍りついた。
クレーターの奥、崩れ落ちた壁の向こうから、
黒い影が姿を現す。
人の形をしていた。
だが、ただ立っているだけで、空間そのものが歪んで見える。
圧倒的な威圧感が、呼吸を許さない。
「……魔王だ」
誰かが、そう呟いた。
影はゆっくりと歩みを止め、冒険者たちを見下ろした。
その視線は冷たく、感情の欠片も感じさせない。
――違う。
冒険者のひとりが、言葉にならない違和感を覚えた。
憎悪がない。
怒りも、嗜虐もない。
ただ、静かすぎる。
「……まだ、来る者がいたか」
声は低く、抑えられていた。
それでも、玉座の間全体に響き渡る。
冒険者たちは、誰一人として剣を抜けなかった。
影――魔王は、しばらく彼らを見つめた後、静かに言った。
「ここは引き返せ」
その言葉に、場の空気が揺らぐ。
命令ではない。
脅しでもない。
まるで、忠告だった。
「私は今、すこぶる機嫌が悪い…」
そう告げた瞬間、威圧感が一気に解き放たれた。
床が軋み、壁の破片が宙に浮く。
冒険者たちは、本能で悟った。
――勝てない。
――この存在には、決して。
そして彼らは知らない。
目の前に立つ“魔王”が、
すでに本物の魔王を一撃で葬った、
ただの一人の冒険者であることを…
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