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スマホのアラームの音が鳴る。
目は覚めたはずなのに、心はまだ起きていない。そもそも、布団が私を手放してくれない。いや、私が布団を手放したくないだけか。
隣の部屋からテレビの音。朝からワイドショー全開。
お母さんの声は聞こえないけど、いるのは分かる。冷たい空気の中に、ちゃんと気配があるから。
洗面所はすでに使われた後。
歯ブラシと髪の毛が散らばったままのシンク。
歯を磨きながらため息が出るのはいつものこと。
鏡に映った自分は、ちょっと前よりまた少し無表情。
朝ごはんは、ない。
冷蔵庫には食パンの袋と、賞味期限ギリのヨーグルト。
文句を言う気はないし、言ったところで「じゃあ自分で稼ぎなよ」って返ってくるだけ。
だから黙ってパンを口に入れる。味も、ない。
着替えて、髪を整えて、メイクは最低限。
顔色を消さないための、ちょっとした努力。
それがバレないようにするのが、また努力。
「行ってきます」って言っても返事はない。
返ってこないのがデフォになった声を、玄関に落として、ドアを閉める。
今日も、学校へ向かう。
静かな温かい戦場へ。
教室にはまだ半分も人がいない。
いつもの席に荷物を置いて、私は窓際に座った。
空はいつも通りの曇り気味。
なんでもない景色をぼんやりと見ながら、右耳だけで教室の入り口の音を待ってる。
昨日、
「明日も一緒に教室行こ〜ね!」
って言われたのを、なぜかずっと覚えてる。
ただの社交辞令かもしれないし、本気で忘れてるかもしれないけど、
期待するような自分が、ちょっと気持ち悪い。
まだ来てない”あの子”のために、意味もなく聞き耳を立てているのがバレたら、
たぶん、死ぬほど恥ずかしい。
だけど、
ドアが開くたび、ほんの少しだけ心臓が跳ねる。
まるで、
自分の存在が誰かに見つけられるのを、待ってるみたいだ。
「じゃじゃーん!優花ちゃんおった〜!」
教室のドアが勢いよく開いて、声と一緒に加藤 夏美が飛び込んできた。
今日も変わらず、寝癖1本ピンって立ったまま。
なのに本人は気にもしてないどころか、
「今日さ、髪いい感じじゃない?」
って自分で頭をなでてる。
なにが”いい感じ”だ。 どこがだ。
「…うん、すごい主張してる」
つい口に出したら、
「え〜ほんと?じゃあ今日イケてるってことか〜」
って、満面の笑み。
褒めてない、全然。
「てかさ、来るの遅くない?」
「え、早く来たほうがえらいってこと!?優花ちゃんすご〜い!!」
あ〜この人、何を言っても全部ポジティブ変換してくるやつだ。強い。
「…ちが、そういうことじゃなくて…」
って言いかけたところで、
「ふふ〜ん、ポジティブシンキ〜ング!」
って笑って、わたしの手をひょいって握ってくる。
え、それはなに、どういう、
…無理。対応力足りない!!
気のせいかもしれないけど、手、あったかい。
こんなふうに普通に笑える人って、本当にいるんだな、って思った。
授業中、前の席の背中がそわそわ動いてる。
……むむ?
ふと視線を向けると、加藤 夏美がくるっと上半身だけをこっちにひねって、私のほうをじっと見てきた。
「ねぇねぇ、今日の先生、ちょっと髪切ったと思わない?」
って、めちゃくちゃどうでもいい話を突然、小声で。
「しらないし、見てない……」
って小さく返すと、
「え〜〜まじで?観察力なさすぎ〜優花ちゃん可愛い〜」
って謎の方向にテンションが飛ぶ。
しかも、わざわざ後ろ手にして、わたしの机の端っこをツンツン突いてきた。
やめて、まじでバレるって。
「……夏美ちゃん、ほんとにやめて」
ってちょっとだけ拗ねた声で言ったつもりなのに、
「え〜〜優花ちゃん怒った?ごめんね!」
とか言って、机にぴとって額をくっつけてくる。
近い。可愛い。けど、やめて。
って思った瞬間、
「……加藤。石田。私語は慎め」
って、教室の空気がピキっと凍る。
「ごっ、ごめんなさ〜〜い」
って夏美が大声で言うから、完全にバレた。
私の方はうつむいたまま、小さく「すみません」って言ったけど、顔がめちゃくちゃ熱い。
なんでこの人、わたしの生活壊してくるのに、全部笑って許されるんだろ
そう思いながら心で微笑んだ。