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「嘘が良いな」

彼はそう言って、足元に転がる男の腹を蹴った。呻き声が男の口から漏れる。

「嘘吐きなよ。こんな男知らないって。急に上がり込んできて襲われたってさ、そう言えば良いよ」

「でも、そんな嘘、すぐにバレちゃう」

私は、掛け布団を引き寄せて、裸の胸を隠しながら彼を見る。今更隠す事も無いのだが、何となくそうした。

「大丈夫。人は信じたい事を信じる様に出来ている。『外の雨』は、君が浮気したなんて信じたく無いんだから100%信じるよ」

彼は、言いながら足元の男の腕を捻る様に持ち上げ立たせて、玄関から外廊下に放り出した。後から男の服と荷物も放り出す。

「で、俺が退治して摘み出した、と。そんなシナリオで良いんじゃない?ていうかもう浮気すんなよ?」

「・・・ゴメンなさい」

「いや、俺に謝ってもさ」

じゃあどうすれば良いのよ。

そう思って私は膨れた。

「浮気しなきゃ良いんだろ?じゃ、俺帰るぞ。鍵締めとけ」

え?帰っちゃうの?

私はベッドから飛び出して彼の背中に抱き付いて言った。

「泊まって行こう?私1人になっちゃう」

「・・・あのさ、裸で抱き付かないでくれない?」

「しても良いよ?」

「しないし。君、話聞いてた?浮気するなって言った所だよ?」

「だって、雨君だもん」

「駄目。別な人だから。別人格だから」

「・・・しないでいいから泊まって行って。パジャマ着るから一緒に寝て」

しがみ付いたまま私はお願いした。広い背中に顔を擦り付ける。

彼は特大の溜息を吐いて頭を掻き、ドアを施錠してソファにドカッと座った。

私は急いでパジャマを着て彼の腕を引っ張り、ベッドに連れ込む。

「酒臭!どんだけ飲まされたの。バカが」

狭いシングルベッドで、彼は背中を向けてしまった。それが本当に匂うからなのか、照れているからなのか分からない。

私は、相変わらず口が悪いなと思いつつ、彼の背中を見詰めながら眠った。

雨森司、29歳。私の彼だ。

彼は、少し普通の人とは違う。

解離性同一性障害、いわゆる多重人格という物なのだと思う。医者嫌いな彼が病院に行かないのではっきり診断されたわけでは無いのだが、ショッキングな事がある度に全然違う性格になり、変化している間の記憶が飛ぶのだから間違いない。と、私は思っている。

今は、私の浮気現場を目撃してしまい(合鍵でドアを開けて中に入り、薄暗闇の中私と、飲み屋でナンパして来た調子の良い知らない男との情事を見られてしまった)、もう1人の雨君『中の雨』君になっている。一度変わると暫くはそのまま。大体一晩寝ると、翌朝には元に戻っている。

彼がこうなってしまったのは、中学2年の時だという話だ。当時雨君は、雨森(あめもり)という苗字のせいで虐めにあっていた。

「雨が降るとさ、俺のせいにされるんだ。お前のせいで濡れた、とか、お前のせいで予定が潰れた、とか。酷いよね。俺に天候のコントロールなんか出来るわけないのにさ」

雨が降ると、未だに思い出すのだろう。そう言いながら時折涙を流す。

「梅雨入りするとね、雨が増えるだろう?もうボロボロだよ。ボロボロ。持ち物は全部消えるし、教室の机や椅子もどっか行っちゃうし。先生には不審がられるし。『虐められてるのか?』って聞かれて『はい』って答えてもさ、プリント配られてアンケート取られて『虐めは良く無いので辞めましょう』って指導して終わっちゃうんだよ。特定の人からの虐めならまた違ったのかもだけど、クラス全員からだったから、先生もやりようが無かったのかな」

学校を休んだりして逃げれば良かったのに、彼は、雨君は逃げなかった。逃げたら負けだと思っていたらしい。だからやられてやられて、やられっぱなし。

そんなある日、トイレで傷だらけの顔を見ていた時に、急に鏡の中の自分が笑ったのだと言う。

「助けてやろうか?」

そう言われてびっくりして、意識を失って、気付いたらクラスの面子がボロボロになって倒れていたのだと。それが最初。

以来、酷い虐めにあう度に、意識を失い、虐めた側が怪我をして倒れているのを発見する、という事が続き、流石に雨君も気が付いたようだ。

自分じゃない奴が自分の体を使い、イジメっ子に仕返しをしている。と。

鏡を見た時に笑い掛けてきた自分の別人格の事を、雨君は、鏡の中からやって来た『中の雨』と呼んだ。

「『中の雨』が俺を助けてくれるんだ。もしかしたらアスカちゃんもそのうち、『中の雨』に会えるかもしれないよ?」

付き合い始めたその日に、私はその話を聞いた。最初は信じなかったが、『中の雨』君に会う機会が割と早くに訪れたので、信じざるを得ない状況になったのだ。


「いったぁーい!何するのよ!」

私と手を繋いで歩いていた雨君が、逆方向から歩いて来たカップルの女性とすれ違う時にそう言われたのだ。割と大きな声で。

「えっあの、えっと・・・」

オロオロと慌てる雨君。

「お前、俺の女の足踏んでんじゃねーよ!」

女性の連れの怖そうな男の人が、そう言って雨君の胸倉を掴む。

「あの、俺、踏んで無い、で、す・・・」

震えながら答えた雨君に、男の人が「ああ?」と凄んだ時、それは急に起こった。雨君の目付きが変わったのだ。

「踏んでねーよ。その女の勘違いだろ?つーか手離せよ。皺になるだろうが!」

豹変する雨君に、カップルは驚いて去っていった。

私も驚いて固まった。

優しい雨君が、怖い雨君になってしまった。

「よう、俺が噂の『中の雨』だ。宜しくな」

「・・・はぁ」


『中の雨』君は、自分が出て来ていない時の事を全て知っていた。『外の雨』君は何も覚えていないのに。

そして、誰よりも(私よりも)『外の雨』君の事を愛していた。『外の雨』君が傷つかない様に、ただその為だけに存在していた。

この作品はいかがでしたか?

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コメント

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ユーザー

コメントありがとうございます!頑張って書いていきます😆

ユーザー

すっごく次回が楽しみです!外の雨と中の雨が今後どのように関わり合うのか気になって待ち遠しいです☔✨

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