二〇二四年の仕事納めの日、純は、昼休みに部下の奈美を連れて、パーク内唯一のカフェ『ファクトリーズカフェ』へ向かった。
無機質な倉庫が建ち並ぶ工業エリアの中でも、ファクトリーズカフェは、いい意味で浮いた存在でもある。
カフェ、と謳っているだけあり、外観は白を基調とした、シンプルでモダンな建物。
店内も綺麗で開放的、メニューも豊富で料理が美味しい、お手頃価格と、パーク内で働く人に人気だ。
ここのカフェは、セルフサービスではなく、ホールスタッフが食事を運んでくれる。
純たちは窓際の席に案内され、彼はチーズハンバーグのランチセット、奈美はキノコの和風パスタのランチセットをオーダーした。
「今年も、高村さんには本当にお世話になったな。ありがとう」
「いえ、私も所長には色々助けてもらい、お世話になりました。結婚式では、バージンロードを一緒に歩いてくれて、すごく嬉しかったです。っていうか、そろそろ本橋で呼んでくれませんか?」
奈美が苦笑いしながら、フォークとスプーンを器用に使い、パスタを巻きつける。
「いやぁ、ついクセで旧姓で呼んじゃうよ。ってか、た……じゃなくて、本橋さんも、所長じゃなくて、前みたいに谷岡さんって呼んでよ」
「以前のように名字でなんて、恐れ多くて呼べないですよぉ」
「本橋って呼ぶと、真っ先にアイツの顔が浮かんでくるんだよなぁ」
純がハンバーグを口に運んだ後、腕を組んで渋そうな表情を浮かべる。
「夫と所長、ホントに仲がいいですよねぇ」
奈美の夫は、純の中学時代の親友でもあり、本社の向陽商会に勤務している本橋 豪。
豪と奈美は、合コンで知り合ったらしいが、一時期険悪になってしまい、別れた二人の仲を取り持ったのが純だ。
「所長、そろそろ戻りましょう」
「えぇ? もうそんな時間? 昼休みはマジで早いよなぁ……」
純と奈美が立ち上がり、カフェを出る準備をしていると、女性のホールスタッフが近付き、『空いたお皿、お下げします』とテーブルに手を伸ばした。
(ん? この声、つい最近聞いたような……)
聞き覚えのある美しい声色に、彼の鼓膜が揺さぶられる。
純がスタッフに眼差しを送ると、奈美は彼女の左胸に付いている名札を凝視した後、アーモンドアイを微かに大きくさせた。
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