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ruruha
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Lulu
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吾輩は猫である、という小説があるらしい。
読んだ事はない。
なんせ吾輩は猫だからだ。
文字が読めないのは不便だが、人間たちの会話を聞いていれば、世の中の仕組みは大体わかる。
吾輩の飼い主は、売れないミステリー作家の青年レン。
彼はいつも四畳半の部屋で頭を抱え、原稿用紙、最近はパソコンという四角い光る箱に向かって唸っている。
「どうして密室から犯人が消えたんだ……。自分で仕掛けたトリックなのに解決策が全然思いつかない…。」
レンはそう言って吾輩の頭を撫でる。
吾輩の毛並みを整えることで、彼の縮こまった脳味噌の皺も少しは伸びるらしい。
吾輩は「にゃあ」と短く鳴き、彼の膝で丸まった。
人間というのは、自分で問題を作って自分で苦しむ、なんとも奇妙な生き物である。
しかし、ここ数日のレンの様子はおかしかった。
ただの執筆スランプではない。
何かに怯えている。
数日前から、夜中になると部屋の隅にあるクローゼットの扉が「ガタリ」と微かに揺れるのだ。
風の悪戯ではない。
吾輩の鋭い耳は、その奥から「カリ、カリ」と、何かが爪で引っ掻くような音を捉えていた。
ある日の夜、レンはついに恐ろしいものを見るような目でクローゼットを見つめ、吾輩を強く抱きしめた。
「……いる。あの中に、僕が書いた『犯人』がいるんだ…。」
レンの言葉は震えていた。
妄想だと笑うのは簡単だが、吾輩の鋭い髭は、そのクローゼットの奥から漂う不穏な「世界の歪み」をはっきりと感知していた。
翌日、レンが気晴らしの散歩に出かけた隙を見計らい、吾輩は行動を起こした。
音もなく床に降り立ち、問題のクローゼットの前へ進む。
前足で器用に隙間を作り、中へと滑り込んだ。
ハンガーに吊るされたレンの古い上着をかき分け、一番奥の壁に触れた瞬間――。
ぐにゃり、と空間がねじれた。
落ちるような感覚の後、気がつくと、吾輩は冷たいコンクリートの床に立っていた。
頭上を見上げると、夜空には四角い月が浮かんでいる。
まるでお盆のような、あるいは原稿用紙の一マスの集合体のような、不自然な月。
そこはレンの四畳半の部屋ではなく、彼が書きかけのまま放置しているミステリー小説の舞台――夜の美術館のロビーだった。
「はぁ……。私はこれから、一体どうすればいいんだ…。」
暗闇の向こうから、ひどく落ち込んだ男の声が聞こえた。
見ると、展示ケースの影に黒いトレンチコートを着た男が体育座りで項垂れている。
彼こそが、レンがクローゼットの奥に気配を感じていた『犯人』だった。
「にゃあ」
吾輩が声をかけると、犯人の男は顔を上げた。
「おや、猫か。」
犯人の男は頬杖をつき、困ったように溜め息をついた。
「……聞いてくれよ、猫君。私の作者は、私に『厳重な警備の美術館から、美術品を盗み出して密室から消え失せろ』というプロットを与えたんだ。私はその通りに、お宝を手に窓もドアも完全にロックされたこの部屋に身を潜めた。……なのに!」
男は頭を抱え、床をカリカリと爪で引っ掻いた。
夜な夜な響いていたあの音の正体はどうやらこれらしい。
「あの作者、肝心の『脱出トリック』を思いつかないまま、頭真っ白で執筆を止めてしまったんだ! 続きが書かれないから時間が一歩も前に進まない。私はこの密室の中で、どうやって消えればいいのか解らないまま、ずっと待っているんだぞ? 完全に八方塞がりだ…!」
犯人の男は、悪党というよりは、上司の無茶振りに振り回される哀れな中間管理職のようだった。
吾輩は文字こそ読めないが、現場の状況を観察することはできる。
男の後ろには、頑丈に閉ざされた正面ガラス扉。
そして壁の上部には、人間が一人通るのがやっとの、小さな搬入用のダストシュートがぽっかりと口を開けていた。
吾輩は男の足元に歩み寄り、そのトレンチコートの裾をぐっと引っ張って、ダストシュートの下へと誘導した。
「なんだい? そこはただの荷物用ダストシュートだよ。人間は通れない。お宝の入った薄い額縁くらいしか…。」
そこで男はハッと目を見開いた。
「……そうか! 私は何も、お宝を抱えたままここから消える必要はなかったんだ。先に額縁だけをここから外へ滑り落とし、空身になった私は、ただの『一般客』のふりをして正面から堂々と退館すればいい。そうすれば、警察も私を犯人だとは見抜けない。これこそが、完璧な密室の解決法だ!」
男の顔に輝きが戻った。
「ありがとう、名探偵。これで私の物語は動き出す。」
男が満足そうに微笑んだ瞬間、世界の景色が激しくブレ始めた。レンの頭の皺が伸び、物語の「ロジック」がつながったのだ。
ハッと気がつくと、吾輩はいつものクローゼットの中、レンの古い上着の間に挟まれていた。
部屋からは、お馴染みの猛烈なキーボードの打鍵音が響いている。
「これだ! 完璧なトリックを思いついたぞ! 犯人は最初から現場に立てこもっていたわけじゃない。盗んだ物を先に外へ滑り落とし、自分はただの来館者の一人として部屋から出ていったんだ!」
レンの歓喜の叫び声。
それと同時に、クローゼットの奥を支配していたあの妙な冷気と、世界の歪みのような気配は、綺麗さっぱりと消え去っていた。
物語が正しい軌道に戻り、あちら側の世界が閉じたのだ。
吾輩はクローゼットから這い出し、机に向かうレンの足元へ歩み寄った。
レンは四角い箱に向かって、取り憑かれたように解決編を書き進めている。
もう彼の表情に怯えはなく、膝に飛び乗った吾輩に気付きもしていない様子だ。
「にゃあ」
全くよくある使い古したトリックだ⋯と思いつつ。
それでも吾輩は、満足してレンの膝の上で目を閉じた。
レンの執筆が進み、あの疲れた顔の犯人が元気に活躍してくれたら、吾輩はそれで充分なのだ。
文字は読めなくとも、世の中の帳尻を合わせるくらい、猫の手にかかれば簡単なことなのである。
【クローゼットの犯罪者】
コメント
4件
とにかく猫が可愛すぎる!!猫好きにはたまらない小説ですね!💕
スゴくいい! ホラー要素のないほっこりミステリーで、猫が主役なところが堪らなく可愛いし、登場人物が皆愛らしいです。 丁寧な文章だから読みやすいし、挿し絵も最高に好き。 求めてたちゃんとした小説! グロけりゃいいでしょ、みたいな内容のない小説モドキばかりの中、やっと正統派の小説に出会えました。
めっちゃ可愛いです💕 すごく読みやすい、図書館とかに置いてほしい♥️