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第4話:赤香波の影
土曜の午後、拓真は蓮と並んで駅前の商店街を歩いていた。
冬の空は薄く曇り、街のあちこちに色とりどりの香波が漂っている。
店先からは甘い焼き菓子の香波、道端では柑橘香の波がすれ違う人々の足元をくすぐる。
香波社会では、こうした香りと色が日常の背景の一部だ。
蓮は長めのコートに黒いマフラーを巻き、首元の抑制バンドをきつく締めている。
高身長に長い脚、琥珀色の瞳が通行人の視線を引くが、誰も近寄らない。拓真は地味な紺色のパーカーとジーンズ姿。黒髪の短さと細身の体格が、彼をさらに平均的に見せていた。
「今日は訓練じゃないから、気楽に——」
蓮が言いかけたとき、空気が変わった。
遠くの路地から、濃い赤香波が溢れ出す。視界いっぱいに広がる鋭い波、焦げ香と鉄の匂い。行き交う人々が立ち止まり、ざわめき始めた。
赤香波は通常、戦闘職か緊急時以外にはほとんど見られない。しかも今の波は乱れていて、拍動が不規則だ。暴走の兆候だった。
「拓真、来い」
蓮が低く言い、路地へ駆け出す。
拓真も心臓を早めながら後を追う。
路地の奥では、若い男が金属パイプを振り回していた。真っ赤な香波が全身から噴き出し、壁や地面にまで焦げ香を残している。
「どけ!近づくと……ぶっ壊す!」
蓮が抑制バンドを外すと、無香域が一瞬で広がり、男の赤波が揺らいだ。
「今だ、拓真!」
その声に押され、拓真は胸の奥に決意を集中させた。
昨日までの訓練を思い出す。——守らなきゃ。
淡い緑が黄へ、そして橙色に変わる。さらに拍動が早まり、指先から赤が走った。
掌に集まった波を男の足元へ放つと、赤香波が一瞬途切れ、男は膝をついた。
「……やれた」
短い息を吐く拓真。
蓮は男を押さえ込みながら、ちらりと笑った。
「一瞬でも十分だ。お前の赤は、本物になりつつある」
路地の先では、通行人たちがスマホを向け、誰かが「香波者だ!」と声を上げていた。
拓真はその注目の中、まだ少し震える手を握りしめた——これが、自分の戦いの始まりだ。