身体がふわふわする……
「だ、大丈夫かい? かなりハイペースで飲んでいたけど」
「だいじょーぶいっ☆」
そんなに心配しなくても、ほろ酔いくらいよ〜。
っと、自然にVサイン!勝利のピース!
あれ? なんか視界が……くるくる……。
「そんなに大丈夫じゃなさそうだ。そろそろ――」
にゃ!? これはやばい!ちゃんと大丈夫アピールしないと!
「だいひょうふ! ほら! こんなに……うわっ!」
足に力が入らない!? やばい! た、おれ――
「っ! あぶない!」
ステーキの人が、テーブルのお酒をこぼすのも気にせずに駆け寄ってくる。
私はと言えば、元気にしりもち。
「いったー……」
「まったく……大丈夫かい?」
ステーキの人はしゃがんで、優しく手を差し出してくれた。
「ありが……うわっ!」
「あ!」
掴んで立ち上がろうとした、その瞬間!
ステーキの人の足元が、こぼれたお酒でツルッと――
「……」
「……」
ドサッ!
押し倒されてる!? わたし!?!?
「な、ななななんで!? わ、私押し倒されてるんですけどぉお!?!?!」
ぴったり密着。距離ゼロ。胸が、腕が、顔が……!
押し倒されたとき、ステーキの人の手が――わしづかみにしていたのは、俺の胸。
……なんてベタな展開。
「す、すまない!」
「ん、いいよ。気にしてないし、事故だしね?」
バッ!と勢いよく手を離した拍子に、押し潰されていた俺の胸がぷるんと反発して揺れる。
うん……いや、怒ってないんだけどさ……
俺、される側なの? え、どうして?
目の前のステーキ男は顔真っ赤にしてあたふたしてるし……
いや、お前はどこのラブコメ主人公だよ!!
ていうかおかしくない!?
こういうのって普通、異世界に来た「男」がする側でしょ!? なんで俺が押し倒されてんの!?
「……あの、まずは僕の上から、どいてもらえると……?」
「あああぁっ!? なんということだ! 貴族であるこの私がっ……女性の、オオオオオッパイに触れるなどという破廉恥な所業をおかすとはぁあっ!!」
いやいやいや!? そこまで動揺する!?
てか泣きそうなんだけど!? 本気で!
「落ち着いて! 事故だからね!? だ、だいじょうぶ、バレなきゃセーフだよっ!」
何てことないフォローのつもりだったのに――それが火に油を注ぐとは、このときの俺は知らなかった。
「バレなきゃセーフ……バレなきゃセーフ……! つまりこれは“バレてはならない罪”……! 罪なのか……これは……オッパイ罪なのかぁあぁぁぁ!!」
「オッパイ罪ってなに!?」
なんだその新設カテゴリ!? てかそれ罪なの!?
いや、そもそも俺、中身男だし! 気にするほどじゃ――
「お父様……私は……私はなんという罪を……!」
ほんとに泣いたーーっ!? 人の上で!?
てかさっきまでめちゃくちゃ料理語ってたじゃん! 人格どうなってんの!?
もう我慢できん!!
「あーもうっ!!」
俺は自分の胸をぐいっと掴ませるように彼の手を握って持っていく。
「ほ、ほら……僕の胸、柔らかい?」
「……」
赤くなったまま、彼は小さくコクリと頷いた。
……うわ、なんかこっちが恥ずかしくなってきたんだけど!?
「これは事故でもなんでもなく――今、僕の意思で作り出した状況だよ」
「え……?」
「だから……何回も言わせないでよ。……それとも、ハッキリ言わないとわからないかな?」
そう。
そっちが“罪”だと思うなら――俺がその“罪”を被ればいい!
大体こういうのって、女の子側が有利なんでしょ!?
電車の痴漢とかでも男性が疑われたら勝てないって聞いたことあるし!
第一、俺は男だ!
胸なんて減るもんじゃないし、さっきの料理は美味しかったし! お酒も飲めたし! ……これくらい、へーきへーき!
……まあ、逆に「男の胸ですまん……」って感じにはなるけどさ。
「つ、つまり……君は……私に触られたかったのか……?」
え、うーん? なんかニュアンス違う気がするけど? そういうこと、なのかな?
「そ、そうだよ? だから、さっきの件は――」
「そうか……!」
「うぇっ!?」
言い終える前に、ステーキ男がそのまま俺の身体をぎゅっと抱きしめてきた。
え? ちょ……はい???
「……そんなに、私のことが……好きだったのか」
「へ?」
「私は貴族だ。……本来ならば、許されぬ恋……。だが、受け入れよう!」
ええええええええええ!?!?
なんかすごい妄想劇場はじまった!?
ていうかそれ俺が言いたいセリフじゃない!?
てか、え!? 目つぶって顔近づけてきてない!?
ちょっ、待てえええええええええ!!!?
ファーストキスがぁあああ!!!
男に奪われるうううぅぅうううう!!!
――その瞬間。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴った。
……なんてベタで……なんて、ありがたい鐘の音!!
「ご、ごめんっ! 僕、代表だから教室戻らなきゃ! 続きは今度ね!? 本当にごちそうさまでしたぁああ!」
ほぼ転がるように、すり抜け、転移魔法陣に飛び乗って、俺は光に包まれて逃げるように――帰還。
……あっぶねぇ……。
マジで、“される側”人生、スタートしかけたわ。
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