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片付けを完了させて課長の部屋に行ったのは、八時近くなった頃だった。

だいぶ遅い時間で迷ったけれども、来てしまった。

今日の親睦会は、課長が応援してくれなかったら絶対に成功できなかった。

きっと途方に暮れて泣いて散々になりながら準備して、もしかしたら開催すらできなかったかもしれない。

だから、一言お礼を言いたくて。仕事中かな、と抜き足差し足リビングに近づいて驚いた。

課長はソファで眠り込んでいた。ちょっとお酒の匂いがする。

部屋に戻って何杯か飲んだようだった。

やっぱり疲れてたんだな。

自分の仕事も忙しいのに、わたしのことも手伝ってくれてたから。

課長…。あなたってほんと、腹黒いというか腹の内を見せないって言うか…。

いつもからかって翻弄してきて、わたしが苦手なタイプの男の人って思っていたけれど、その裏には、とても温かい心を持っているんですね。

グズでダメなわたしだけれど。そんなわたしを、いつも支えてくれているのは、あなたのそのやさしさなんですね。

「…よし」

わたしはキッチンに行くと腕まくりしてそっと鍋を出して火を点けた。





「ん…亜海?」

一時間ほどして、課長が身を起こした。

ソファではあまり快眠できなかったみたいで、寝起きの調子はあまりよくなさそうだ。

「おはよう…。親睦会終わったの?」

「はい。二時間ほど前に」

笑ってうなづいたわたしを見て課長は微笑した。

「その顔をみると大成功で終わったようだね」

「はい。課長のおかげでどうにか成功できました。課長はお仕事終わったんですか?」

「ああ。どうにかひと段落ついて、いっぱいやっていたところだ。でもさすがに寝不足がたたったみたいで居眠りしてしまった」

「ふふ。お腹は?パーティの時は話しかけられまくって食べる余裕なかったみたいですけど」

「もちろんペコペコだよ。せっかくの鍋も全然食べられなくて残念だったな。でもまぁ、今度食べさせてもらえれば」

「あの…実はですね」

「ん?」

わたしはキッチンから、鍋と小鉢を持ってきた。

「貝とか蟹とかたくさんあったんですけれど…最後の方は具材もほとんどなくなっちゃってて…」

ふたを開けた鍋には、白菜といろんなきのこと鳥団子が数個が、お醤油出汁の中でぐつぐついっていた。

課長が寝ている間に、音をたてないよう気を付けながら作った。

出汁は作り置きが残っていたけど、具材はかろうじて余っていた平凡な食材だけ。

こんなんじゃ、ぜんぜん満足してもらえないかもしれないけど、課長への感謝の気持ちを表したくて、わたしができるせめてものことだった。

「ごめんなさい、ぐずぐずしていてこれくらいの具材しか確保できなくて…」

課長はなにも言わず、箸を持ってくれた。

そして汁を飲んで一言、

「美味しい」

顔をほころばせてくれた。

「すごく美味しいよ。こんなに上手い鍋食べたの初めてかも」

「…ほんとですかぁ?」

ん、とうなづいてもう一口。

「実は正直言うとね、疲れが溜まっていてあまり重たいものは食べる気が起きなかったんだ。だからこのくらいシンプルな方が胃におさまりやすくてうれしい」

そう言ってもらえて、ほっとした。

課長の疲れた顔を見たらそんな気がして…本当はチゲとかにもできたけど、あっさりのお醤油出汁にして正解だった。

課長は一口お野菜を頬張って、スープを飲んでほっと息をつく。

ほんとうにおいしそうに。

飲むごとに癒されるように。

「どうして」

「?」

「どうしてキミは、いつも俺が求めているものをくれるのかな」

「……」

「初めて会った時に食べたおにぎりも、オムライスも…素朴なんだけれどもみんなやさしい味で…。すべてが求めても手に入らなかった味だった」

「家庭の味ですか…」

「ん。今まで俺が食ってきたものったら、だいたい冷凍食品とか出来合いのやつでさ。味は美味いんだけどどこか空っぽな感じがして、満たされた気がしなかった」

そっか…課長は施設育ち。

運営側の限界でどうしても食材はそう言った大量生産されたものが多くなってしまうよね…。

「大学に通ってひとり暮らしを始めて自分で作るのを覚えようとしたけれど、食べてきた物がそれだから「買った味と変わんないな、むしろ買った方が安くて美味いかも」と思ってやめてしまった。まぁ作りに来てくれる人は選ぶほどいたけれどね、キミのような味を作ってくれる人はいなかった」

まだお酒が残っているのか、今の課長はすこし冗長だ。

過去を明かしてくれるのは素直にうれしいけど、でもちょっとつらい。

だって、その話をするときの課長は、すこし寂しげな表情をするから。

「俺の父は大学生のときにアメリカ留学した際に母と出会った。そして俺が生まれた。父は母と俺を連れて日本で結婚して就職活動を始めたんだけど、その経歴があだとなってなかなか就職先が見つからなかった。そんな時、とある社長令嬢に見初められてね。就職と将来の社長の座を条件に、母と俺を捨てるよう言われた。結局、俺と母への経済的援助だけは認めてもらうのを条件に、父はその契約をのんだ」

「…そんな…」

「ちなみに『遊佐』っていうのは父が婿入りする前の姓。

経済的に困ることはなかったけど、アメリカに戻った母は最悪だったろうな。外国人の子を産んで裏切られて、戻れば後ろ指さされて。結局、最期まで不幸な人で、ある日交通事故に遭ってあっけなく死んでしまった。もとより身体が弱くて薬を飲んでいたんだけど、その時は過剰摂取だったらしい。事故か自殺だったかは…まだ俺も幼かったからよく覚えていない。

そんなこんなで、残された俺は晴れて日本へ来たわけだけど、父とは一緒に住めなかったから施設に預けられたんだ」

「…そう、だったんですね…」

やっとこの言葉を言うのがいっぱいだった。

君に恋の残業を命ずる

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