キスミさんが僕を助けてくれてバレッタを生み出したあとのいくつか襲撃した貴族邸のひとつで僕たちは出会った。
地下に伸びる階段。僕がキスミさんから授かったテイマーのスキルで使役するネズミをつかい探らせていたところ、ありがちな隠し階段を見つけて、キスミさんはバレッタと僕とあわせて3人で降りていた。
「確かにこういうものがあってもおかしくないな。初代はみんなニホン人だったというからな……好きそうだ」
「そうなの? キスミさんもニホン人だっけ?こういうの好きなの?」
「そうだな。俺が作るとしてもやはり地下室は組み込まれただろう。そう思うと間抜けだな。これまでの場所で調べてこなかったのは」
「キスミ様は間抜けなどではありません。下劣な貴族連中の思考などに合わせる必要などないのです」
「まあ、いいけどー。でもこれまでのところもあったとしたら、そこには何があったのかな?」
階段を下りきり、現れた扉をキスミさんが手をかけ開けていく。
「こういう所は大抵宝物でも詰めているか──」
扉を開けながら
「誰かを監禁しているかだな」
そんなに広くない部屋には石造りの水槽があって、その中に鎖に繋がれて人魚がいた。ゆるくウェーブのかかった青い髪がことさら綺麗な人魚だ。しかし下半身は鱗が剥がされ痛々しい見た目になっている。
「ここは調理場のようだな。魚の下拵えをしているところらしい」
キスミさんが見事な推察をしてくれた。てっきり他の奴隷と同じでこの人魚もそうなのかと思ったけど。
「誰が食材やっちゅうねん! どう見てもいたいけで美しい人魚が欲丸出しの陸のもんに攫われてきたっちゅう感じやんか!」
「起きているくせに狸寝入りをかましているからつい、な」
なんとも珍しいキスミさんジョークだった。
「そらあいつら来るたんびに、うちのウロコ剥いでいくんやもん! 見てえなこれ! もううちの綺麗なウロコがどこにもあらへん……うち悲しくて悲しくてなあ」
「とりあえずキスミさん、鎖は切ってしまう?」
「まて、実はこいつがとんでもない邪悪でここに封印されている可能性も否めん。そういうのもニホン人は好きだからな」
なるほど! 泣き落としで封印を解かせようとするとは──それはとんでもなく邪悪だ!
「うわぁぁんっ、こんな美しい人魚つかまえてそんなんあんまりやぁ! どこから見てうちがそんなわるもんに見えるんよ? 見てえなっ、この曇りなき宝石の様なおめめ! このくびれたナイスバディ! この美しいウロコ……はいまは無いんやぁ。うちのウロコぉー」
このアホな感じの人魚が邪悪には見えないや。ごめんね、キスミさん。
「まあ、この分ならそんな心配も要らんのだろう。その前にこれを……ほれっ」
キスミさんは前に秘蔵と言っていた薬壺を取り出して中身を掴んで人魚に投げつけた。上投げで。
「ええ? 何すんの⁉︎ その緑のやつなんなん⁉︎ 藻? 藻なんかーっ⁉︎」
「やかましい、じっとしてろ」
そう言って人魚の下半身に薬を伸ばして塗りたくっていく。くすぐったいのか、キスミさんが撫でるようにして薬を塗っていく動きに合わせて「あっ──」とか「ううんっ──」などと妙な声をあげる人魚。もちろんその度にキスミさんに頭を叩かれて緑色の薬が頭頂部を染めていく。
「水が張っているからな、半分も塗れてないが……」
なんだか大人しくなった人魚も、それが薬だと聞いてまじまじと塗られたところを眺めている。残念ながら頭の上の湿原には気づく素振りもない。
「……もういいか。癒しの水よ」
キスミさんの魔術で出された水が薬を洗い流すと、そこには失われたウロコがあった。
「……」
人魚は口を半開きにして何も言わない。
「まあ、問題ないだろう。さっさと反対を向け。残りもやるぞ」
人魚は半開きの口のまま頷いて大人しく反対を向いた。
「さすがキスミ様です。時間すら意のままとは」
「え? 時間? バレッタ、どういうことなの?」
「エミール、もし治癒の魔術でウロコが身体からニョキニョキ生えてきたらどうです?」
「え? なにそれ気持ち悪い。想像しただけでムズムズするや」
「そういう事です。人魚はその時までウロコの再生に気づいていなかったのですよ。それは、気づいた時には既にあの状態だったということです」
「あ……」
バレッタに言われて確かに、と思った。治癒はあっという間に元通りなどとはいかないのだ。傷口は血が固まりかさぶたになり剥がれてなおまだ痕が残っていたりもする。
その過程がすっぽり無くなっていたのか。
目の前には再度の奇跡に口がまだ閉まらない人魚が自身の完璧に揃ったウロコをうっとりと撫でている。
「これで俺たちも人魚のウロコという純度の高い素材を剥ぎ取り放題だな」
「やめてよぉ! めっちゃ感謝してるからぁ! 美談で終わらせてぇなぁ!」
ウロコを綺麗さっぱりと治してみせた薬もどうやら頭には効かなかったみたいだ。
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