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第10話「夢の編集屋」/販売補助:ルカ
春野ルカ(はるの・るか)、19歳。
茶色の内巻きボブに、薄いブルーのカーディガン。
声は小さめ、眼鏡越しの視線はいつもどこか伏し目がち。
専門学校で映像編集を学びながら、裏で“夢の編集”という仕事を請け負っている。
明晰夢が“商品”になったことで、夢の「演出」を請け負う裏業者も現れはじめた。
《編集夢(カスタムドリーム)》:
夢販売者が記録した素材を元に、演出・構成・感情導線を加えて再構築する。
恋愛をちょい盛りしたり、落ちを強くしたり、風景を派手にしたり。
人気販売者の中には、すでに編集チームを雇って夢を量産している人もいた。
ルカはその中でも、比較的“地味な案件”ばかりを受けていた。
その日、届いたのは一通の依頼。
「夢を、売りたいです。でも何の変哲もない夢なので、加工してください」
添付された夢素材のタイトルは、
【夢名:となりに座ってただけ】/販売者:ナオト(高校3年・未販売)
再生してみると、ただ教室で、誰かの隣に座っているだけの夢。
会話もない、顔も見えない、風景もほぼ固定。
「……うーん、これは難しいな」
でもルカは“なぜか引っかかる感覚”を覚えた。
試しに、「感情タグ解析モード」を起動。
すると、夢の再生時間15:20秒のところで、感情反応が突然大きく跳ね上がった。
その瞬間だけ、
隣の誰かがこちらに顔を向けようとして──やめた。
ほんの1フレーム、顔が見えかけたが、揺れた手ブレで見えなかった。
「……編集するんじゃなくて、“残す”べきかもしれない」
ルカは最低限の補正だけ行い、夢を出品した。
【夢名:となりに座ってただけ(編集Ver)】/ジャンル:共鳴型/価格:50円
発売後、最初の数時間は反応ゼロ。
でも、次の日。
SNSでこんな投稿がバズった。
「会話ひとつない夢だったけど、泣いてしまった」 「自分もあのとき、話しかけられなかった」 「隣に誰かがいるだけで、救われるときってあるよな」
その夢は、翌週の《感情共鳴型ランキング》で3位に入った。
“無名の誰かの夢”が、編集者の手で静かに届いた。
販売者・ナオトからルカに届いたメッセージには、こう書かれていた。
「僕の夢に、名前をくれてありがとうございました」 「顔も、声も出せなかったけど、あの時間が“あった”ってだけで、すくわれました」
その夜、ルカは久しぶりに自分の夢を記録してみた。
真っ暗な教室で、一人で机に座る夢。
そこに、誰かが隣にそっと座ってくれた。
「……誰かの隣になれる夢って、たぶん一番すごいことかもしれない」
《メイセキム。》注釈:
編集夢は販売者本人の了承のもと、演出・構成強化を行います
“静かな夢”ほど、感情共鳴が強くなる傾向があります
感情編集は、過剰に行うと“夢本来の意味”を失うため、取扱に注意が必要です