鐘の音が聞こえる。
再びこの身が呼ばれるということは、そろそろその時なのだと理解してこの何もない空間から表へ出る。もうここに戻ることもないのだと思うと、解放された気分になる。鎖から解き放たれるのだ。
どうやらここが今のダリルの居場所のようだ。武器に囲まれて過ごすだけの生は退屈だろうかと思ったが、エルフ少女と戯れているダリルは我が心配するような状態ではないらしい。
目の前には人間にしては少し大きめの男がいる。ダリルより2回りほどは大きい筋肉に包まれているが、実際では使えないであろう歪な肉襦袢だ。
どうもこいつは人間ではなく、幾らかの亜人種が混ざったやつらしい。この平和な街で自然にそれが開花することは難しいだろう。そしてこやつが求めて止まない最強というのは、そこをどうにかしてやることで解決しそうだ。
果敢に我に挑んできたが、ただの人間にどうと出来る物でもない。適当に転がして試練でも与えて様子を見ておくか。
しかしダリルが与えた恥ずかしさのステータスがカンストしそうな鎧は今ひとつその力を発揮していない。求めている実戦もないようだし、かと言って今さらやり方を変えるのは我が間違っていたと認めるようでやりたくはない。
今日はどういうわけか、初日のエルフを連れている。どうやらダリルの手に掛かった少女らしく、行き詰まったジョイスに狩りの手解きをするらしい。これがきっかけで上手くいけばいいが……とりあえず流れに任せてみる。
そのエルフは能力を遺憾なく発揮できていて、かつてのエルフ族たちを彷彿とさせる働きをしてみせた。だがそれはこの少女だから出来るもので、ジョイスの参考になったかは不明だ。
「今日はもう終わりにする」
少し案を練り直す必要があるか?
ジョイスはやはり落ち込んでいるようだ。種族の違い、能力の違いを知ることとなっただけの日だったのかもしれない。
その日からヤツは来なくなった。やはりエルフのアレはマイナスに働いてしまったか?
やがて現れたジョイスは鎧を返して諦めるような事を口にする。それを見ていた客の1人が何やら話しかけている。あれも確かジョイスの前に現れたダリルの客のはずだ。
今ダリルの膝の上にいるミーナが担当して、相当気に入ったのか転生の儀などという不確実なものをしてまで終わりを見届けるつもりらしい。そいつは一見ただの人間だが、腰の魔剣とミーナの存在がその枠を越えるチカラを与えている。
しばらくしてやる気を取り戻したジョイスは鎧を手に走り去っていった。
なんて事だ。あの鎧はアウターとして装着しないと効果を発揮しないものだとは。恥ずかしいだろうから上から服を着ている事を黙認していたが、それが……ダリルの責めるような視線が痛い。
やっと第一段階をクリアしたジョイスを次へと進める。改めて我との対人戦。魔道具で引き出したとはいえ、それが使えるかといえばノーだ。身体に染み込ませる。メッタメタに叩きのめしてやっとどうにかなったのには、ホッと安堵の息をついたものだ。面目が立ったというとこか。
ところで、と。またダリルに預けられているミーナと話してみた。なぜまたこの世界で生きることにしたのかと。
するとミーナは
「わたしね、恋をしたんだよ」
それだけ、たったのそれだけの生きてる者ならありふれた事柄をとても珍しく貴重でそしてなにものにも替え難いものとして捉えている。
だから、賭けてみようとダリルにお願いしたのだそうだ。
ジョイスが力を自在に使えるようになるために訓練を続けていたある日、魔獣が現れたと街中で噂になる。当然それは我たちは把握しており、ちょうどいいかませが現れたと最終段階へと進めた。
森の中に獣の気配はない。魔獣のものが2体。ほかは逃げたか隠れたかだろう。おあつらえむきだ。
敵はここにいるぞ、と吠えて呼び寄せる。
あとはジョイスが死なないようにだけ見守る。
エルフ少女にも手は出させないようにする。お節介なヤツだな、お前も我も。
ジョイスが纏魔を発動させてケリをつけたところにもう一体。いいタイミングだった。もう少し早く合流されていたならこの結果は得られなかっただろう。そしてこちらも最高のタイミングだ。
ダリルが現れた事にエルフ少女は興奮している。それも仕方ない。ダリルのそれはこの世界においても非現実的な行いだからな。
あれは……ミカヅキと呼んでいた魔剣か。相変わらず名前と見た目が違いすぎる。そしてあの性能。双炎刃、あれに抗うなど魔獣如きには出来まい。
ジョイスは苦労した。そして得たものに自信を持って欲しい。だから我は普段は口にしない嘘をついて、褒めておいた。
「ダリル、我はいなくなるがどうか生きてくれ」
だれもいない店に2人で。最期の仕事だ。
「お前も願うならミーナと同じようにしてみるが?」
先日の会話はダリルも聞いている。だからこその提案だろうが
「いや、我は恋はしてないからな。だが叶うならあの不安定な巨人の支えになるように作って欲しい」
ダリルは頷き、我の手から毛束を受け取る。
「ダリル、またいつか……」
「ああ」
光が身体を崩しさり、我は無へと還った。
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