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放課後の教室は、夕日の残り火だけが淡く壁を染めていた。ドアがかすかに鳴って、来訪者がゆっくり入ってくる。
椅子に腰を下ろすと同時に、小さな声が落ちた。
「どこにいても、自分の場所じゃない気がする。
クラスでも家でも、なんか浮いてる」
蓮司は窓際に立ち、カーテンを指先でいじった。
「“自分の場所”って言葉、むずかしいよな」
「みんなはちゃんとグループがあったり、
家族と仲良くしてたりするのに。
私だけ、どこにもはまらない感じ」
蓮司は肩を軽くすくめる。
「俺も“ここが俺の席だ”って思ったこと、あんまりない。
教室も家も、ただの通過点って感じだし。」
来訪者が驚いた顔をする。
「……蓮司くんも?」
「うん。
でもさ、居場所って“作るもの”より
“持ち歩くもの”かもしれない。」
「持ち歩く?」
「自分がちょっと落ち着ける感覚。
本読んでるときとか、好きな音楽聴いてるときとか。
それがあれば、そこが一時的な“場所”になる。
人や地名に限定しなくていい。」
来訪者は机の端を指でなぞった。
「……でも、ひとりじゃ寂しい」
「寂しいのは当たり前。
それをゼロにする必要もないし、
寂しさを持ったまま過ごせるのも力だと思う」
沈黙が教室を包み、外からカラスの声が遠く響く。
蓮司は窓を少し開け、冷たい風を取り込んだ。
「たとえば、ここに来て話してる時間だって
一時的な居場所になってるだろ。
明日また違う場所を見つけたら、それでいい」
来訪者はゆっくり息を吐き、目を閉じる。
「……持ち歩ける場所、か」
蓮司は小さくうなずいた。
「そう。
誰かに認められる“居場所”じゃなく、
自分の中にひっそりあるもの。
それがあれば、どこに立ってても大丈夫だ。」
窓の外で、夕闇が静かに濃くなっていった。