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「しかし、早起きは三文の毒とは良く言ったものだ、まさか、キヨシ、君の寝乱れた姿を見ることになるとはなあ……」
ふっ、と、客人は、鼻で笑っている。
たちまち、眉を潜めた金原は、
「三文の得だ……」
と、不機嫌に言った。
金原の、ピリピリした雰囲気など、感じ取っていないようで、客人は、更に、呑気に言ってくれる。
「おやおや、これは、失礼。そうだなぁ、得したと言えば、得したことになるか。新婚初夜の名残を見れたのだから」
「なっ?!」
「ひっ?!」
金原に続き、櫻子も、裏返った声を発していた。
「あー、はいはい、これでもね、ちゃんとした話を持ってきてるんだ、お邪魔するよ」
客人は、言うと、靴を脱ぐ訳でもなく、玄関からそのままあがりこんできた。
櫻子は、その有り様にぎょっとする。
見かけは、四十がらみというところ。ただ、西洋人だけに、日本人とは、何かと異なる。果たして、感じた通りの年齢かどうかわからない。が、金原とのやり取りには、確かに、落ちつきが伺えた。
と、言うよりも、どうして、この西洋人は、流暢に日本語を喋っているのだろう。そこからして、櫻子には驚きだった。
そして、身に纏う、灰みがかった淡い青色の洋服は、一目でわかるほど生地も仕立も上質なものだった。金髪に白い肌、さらに、長身という姿も品の良さを増すに一役買っているのかもしれないが、どこか、堂々とした立ち居振舞いが、すべてを物語っていた。身分ある大切なお客様で間違いないと、櫻子は、緊張した。
コツンと、音を立てる、白い靴が目を引く。
金原は、客人が、土足であがりこんできた来たことに、特に驚くこともなく、玄関框をあがってすぐ脇にある板戸の部屋へ通した。
三畳ほどの小さな部屋は、窓もない。床が板間ということは、元々は、ちょっとした道具類を仕舞う物置のように思えた。廊下に面していないところからも、そもそも人を通す部屋、ではないのだろう。
ただ、テーブルと椅子、壁には、本棚兼用の物置棚があり、やはり、ここも西洋式に設えられていた。
「……どうも、私達は、靴を脱ぐのが苦手でね。西洋人は、人前で靴を脱がないんですよ。それ即ち、裸体になるに等しいことで、ああ、想像しただけで、恥ずかしい!」
芝居がかった、物言いで、客人は、櫻子へ笑いかけながら、理由なるものを、説明しつつ、勝手に部屋へ入り込むと、自分の席だとばかりに、奥側の椅子へ腰をおろした。
「……まったく、その口達者ぶり、なんとかならんのか!ハリソン!」
明らかに、苛立つ金原がいる。
「あ、あの、お茶のご用意を……」
金原のピリピリ具合に、いたたまれない事もあるが、大切な取り引の話があるのではなかろうか。
自分がいては、邪魔になると、櫻子は、立ち去ろうとしたが、すぐに、金原に止められた。
ここへ、と、金原の隣の席を勧められて、櫻子は、おとなしく従うしかなかった。
「……さっそくだがね、キヨシ、芸者を探してもらえないだろうか?」
胸の内ポケットを、さぐりながら、客人は言った。
「ああ、そうだった。私は、ハリソン、英国人。そして、横浜で商っている。キヨシとは、腐れ縁。でだね、キヨシ、その芸者だが……」
客人は、櫻子へ、簡略に自己紹介すると、金原との会話に没頭した。
「うん、さる国の高官がね、ノスタルジアな気分に陥ったのか、その昔、日本で駐在中、現地妻としていた女の行く末を知りたいのだとか。まったく、今さらの話で……。まあ、なんというか、男のエゴだね」
あぁあーと、大袈裟な息をつき、ハリソンは、ポケットから、シガーケースを取り出した。
「葉巻か?レディの前で、スパスパやっていいのかね?」
金原が、ここぞとばかりに、してやったりと、口角を上げている。
「あー、はいはい、大切な奥様の前ね。分かりましたよ。ただ、話の続きを聞きなさいよ、キヨシ。その、高官と、芸者って、君の両親じゃないのかい?私は、ピンときたんだが?」
「……ピンと?」
金原は、いぶかしむ。
「えっ?!」
「ほら、奥様も、気になるって」
櫻子が、うっかりあげてしまった驚き声に、ハリソンが乗っかり、隣に座る金原は、櫻子をチラリと見ると、渋い顔をした。
「あのな、ハリソン、俺は、ただの、みなしご、孤児院育ちだぜ?橋のたもとで泣いていたのを、ひろわれた。食うに食えない親に、すてられたんだろう。ただ、それだけのことだ」
「じゃあ、君の碧い瞳は?そして、見目麗しきその、整った顔立ちは?性格はまあ、触れないでおこう。ややこしくなる。とにかく、君は、純粋な日本人ではない。違うかね?」
ハリソンに、たたみかけられた金原は、ぐっと喉を鳴らし、これでもかとばかりに、顔を歪めた。
「で!そうだとして!何がどうなる?!」
さあー、と、金原の叫びに、ハリソンは、とぼけて見せた。
「ふん!お前のほうこそ、その、性格をなんとかしろっ!で、本題は、そんなことじゃないんだろっ!」
「さすが、キヨシ!話の流れの中で、ちらりと、出てきただけのことで、ふと、君の事を思い出してさ。正直、その話、特に、その高官とはあまり関わりたくなくてねぇ……」
マッチある?と、細身の葉巻を取り出したハリソンに、金原は、更に、渋い顔をして、ボソリと言った。
「……ロシアか……」