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第十一章 月の故郷
第十一話 白い朝月
朝の柔らかな陽光が白い部屋へ差し込んでいた。
小さな窓から入り込む光が、静かにベッドを照らしている。
最初に目を覚ましたのはハヤトだった。
ゆっくり身体を起こし、部屋を見渡す。
部屋の一番奥、姿勢よく眠るジュウタロウ。
きっちり布団を被ったまま、微動だにしていない。
その隣では、ダイチがジントへぴったりくっついて眠っていた。
片腕どころか、足まで絡まりかけている。
自分の隣では、シュンタが豪快に大の字になっていた。
布団は完全に役目を失っている。
そして、真ん中で眠るジント。
穏やかな表情。
まるで、小さな子供が安心しきって眠っているようだった。
その表情を見た瞬間、ハヤトの顔が自然と綻ぶ。
昨夜のミレイアの話がふと頭をよぎった。
ジントの出生。
月の一族。
白霧山。
月蝕記。
そして帝国と教会。
まだ隠されている真実は数え切れないほどある。
自分達は今、その入口に立ったばかりなのだろう。
けれどハヤトは静かに思う。
今はそれよりも、こうして仲間達と笑っていられる時間を何より大切にしたいと。
その時
「……ん……」
小さな声が聞こえる。
ジントだった。
ゆっくりと目を開け、まだ眠そうに瞬きをする。
「おはよう、ジント」
ハヤトが声を掛ける。
ジントはぼんやりとハヤトを見上げると
「……ん、ハヤト? おはよう」
ふにゃっと、柔らかく微笑んだ。
その無防備な笑顔に、ハヤトは思わず目を細める。
ーー今だけは、この笑顔を独り占めだな。
自然と口角が上がる。
昨日までなら、こんな表情を見ることができるなんて思っていなかった。
孤独を抱えたまま全てを背負おうとしていた少年が、今はこうして誰かの隣で穏やかに笑っている。
「……そうだな」
ハヤトは小さく呟く。
そして、ミレイアの言葉を思い出した。
『お前には違う道があるかもしれない。』
『この子達と一緒なら、きっと、お前は自分の答えを見つけられる。』
「まだまだ、これからだ」
そう言ってベッドから降りる。
大きく息を吸い込んだ。
そして。
「朝だぞーー!! !
お前ら、起きろーーー!!!」
部屋に響く大声。
ジントがびくっと肩を震わせ、目をまん丸くする。
ジュウタロウは無言でガバッと起き上がった。
「敵襲か!」
「違う違う、朝だよ」
「紛らわしい起こし方をするな……」
眉間へ皺を寄せる。
一方ダイチは。
「んあ……!? なんや、ジント!?」
寝ぼけたまま飛び起きた。
「お前、本当にジントのことしか頭にないな」
ハヤトが苦笑する。
シュンタも一瞬だけ反応した。
しかし
「……あと五分……」
そのまま再び寝息を立てる。
「起きへんのかい」
ダイチが呆れる。
するとジントがそっとシュンタへ近付いた。
そして耳元へ顔を寄せる。
……ふーっ。
「うわぁっ!!」
シュンタが飛び起きた。
「な、なんや!? 魔物!?」
「あはははっ!」
ジントが声を上げて笑った。
心から楽しそうな笑い声。
それを聞いて、4人は一瞬目を丸くした。
こんなふうに、自分から誰かを驚かせて笑うジントを見るのは初めてだったから。
「ジントぉ!? 今の反則やろ!?」
シュンタが叫ぶ。
「ごめん、シュンタ起きないんだもん」
笑いながら謝るジント。
その姿を見て、ダイチが少しだけ頬を膨らませる。
「……なんや、俺にはやらんのか」
「何拗ねとんねん」
シュンタが即座に突っ込む。
ジュウタロウは額を押さえ、深く息を吐いた。
「……朝から色々心臓に悪い……」
「何がやねん」
ダイチが返す。
そのやり取りを見て。
ハヤトはとうとう耐え切れず、声を上げて笑った。
「はははっ!!」
珍しく口を開けて大笑いしている。
つられてジントもまた笑う。
部屋へ明るい笑い声が響いていく。
滅びた月の里。
長い間、止まっていた場所。
けれど今この瞬間は、人の温かさで満たされていた。
こうして、月の里での賑やかな朝が始まった。
-–
コンコン――。
部屋の扉が控えめにノックされた。
「みなさん、起きてますか……?」
そっと顔を覗かせたのはセレネだった。
ぴったり並べられた5つのベッドを見て、思わず小さく笑う。
「ふふ……」
「笑わんといてぇや」
シュンタが髪を掻きながら起き上がる。
セレネは口元を押さえながら微笑んだ。
「みなさん、おはようございます。朝食の準備ができてますよ」
「おっ、飯!」
ダイチが真っ先に反応する。
「お前はいつも空腹なのか……」
ジュウタロウが呆れたように息を吐いた。
5人は軽く身支度を整え、暖炉の部屋へ向かった。
部屋へ入るとすでにミレイア達が揃っていた。
暖炉には火が入り、部屋全体が柔らかな暖かさに包まれている。
「よく眠れたかい?」
ミレイアが穏やかに目を細める。
「お前達は朝も騒がしいんだな」
壁際に立つゼストが淡々と言った。
「賑やかで良いじゃないですか」
パスカルは楽しそうに笑う。
「すんません」
シュンタがヘラヘラ笑いながら頭を掻く。
その横でダイチは、並べられた朝食へ目を輝かせていた。
「うわ、美味そう……!」
焼きたてのパン。
温かなスープ。
香草の香る卵料理。
畑で採れた野菜。
決して豪華ではない。
けれど、どの料理にも作った人の温かさが込められていた。
9人で小さなテーブルを囲む。
肩が触れ合いそうなほど近い距離。
自然と笑い声が混ざり合う。
「シュンタ、そっち肘当たっとる」
「ごめんごめん」
「ダイチ、食べるの早すぎる」
「いや腹減っとってん!」
そんな賑やかな空気の中、ふとゼストが口を開いた。
「……昨日は満月だった」
静かな低い声。
部屋の空気が少しだけ落ち着く。
「だが、魔物が全く出なかった」
ゼストはジントを見る。
「お前が関係しているな」
ジントが小さく身じろぎした。
その代わりに、ジュウタロウが静かに口を開く。
「一昨日の夜、ミストア村に大量の魔物が押し寄せた」
暖炉の火がぱちりと鳴る。
「ジントが、その瘴気を全て吸収した」
パスカルが目を丸くした。
「なるほど……」
セレネも驚いたようにジントを見る。
「ゼストが一晩中見回りをしてくれていたんですが……こんなの初めてだったんです」
ゼストは静かに頷いた。
ミレイアがジントを見る。
「ジント、身体は辛くないかい?」
「うん、大丈夫」
その答えに、ミレイアは安心したように微笑む。
「月の力はねぇ」
静かな声。
「ただ魔力が強いから使えるものじゃないんだよ」
ジントが顔を上げる。
「誰かを助けたい。守りたい。そう願う気持ちが、力を導いてくれることもある」
暖炉の火が揺れる。
「だからねぇ」
ミレイアは優しく仲間達を見る。
「もう一人で全部抱えようとしなくていいんだよ」
ジントの瞳が揺れる。
「この子達がいるんだから」
ダイチが真っ直ぐ頷いた。
「任せとき」
ハヤトも笑う。
「今さら一人で行かせる気ないしな」
シュンタはニヤリと笑う。
「ジンちゃん、すぐ無茶するしなぁ」
「……否定できないな」
ジュウタロウが静かに呟いた。
「えっ」
ジントが少し困ったように笑う。
その笑顔を見て、ミレイアは何より嬉しそうに目を細めた。
ーーー
朝日を浴びた月の里は、昨夜とはまた違う姿を見せていた。
白い石壁。
草に覆われた石畳。
崩れた家々。
長い年月を過ごした廃墟。
それでも、不思議と冷たさは感じなかった。
秋の柔らかな陽射しが里全体を優しく照らしている。
全員で門へ向かってゆっくり歩く。
ジントはふと周囲を見回した。
この場所で、自分は生まれた。
知らなかった過去。
知らなかった家族。
その全てが、今は静かに胸の中へ残っている。
やがて里の門へ辿り着く。
「……寂しくなります」
セレネが少し俯きながら呟く。
「そんな可愛いこと言わんといてぇや」
シュンタがすかさず反応する。
ジュウタロウが呆れたように息を吐く。
するとシュンタがニヤニヤしながら振り返った。
「ジュウもセレネちゃん可愛いと思っとるやろ?」
突然振られたジュウタロウは、一瞬だけ目を瞬く。
そして真面目な顔のままセレネを見る。
「ああ。すごく綺麗だ」
その瞬間、セレネの顔が一気に赤くなった。
「……っ!?」
慌てて両手で顔を覆う。
それを見たシュンタが絶望したように呟く。
「え、俺の時と反応違うんやけど……」
ダイチが笑いながら肩を叩く。
「残念やったなシュンタ」
「俺、結構本気やったのに……」
ゼストは呆れた顔。
パスカルは楽しそうに笑っている。
ミレイアはそんな光景を、穏やかに眺めていた。
秋の爽やかな風が、静かに里を吹き抜ける。
そしてミレイアがそっとジントを抱き締めた。
「……また、帰っておいで」
優しい声だった。
ジントは小さく頷く。
「うん……」
少し照れたように笑う。
「おばあちゃんも、元気でね」
ミレイアの目が細くなる。
「もちろんだよ」
5人は馬へ跨った。
そしてゆっくりと、森の中へ歩き出す。
しばらく進んだところで、ジントはふと振り返った。
けれど、そこにあったはずの里は、もう見えなかった。
生い茂る木々だけが広がっている。
まるで最初からそこには何もなかったかのように。
けれどジントには分かっていた。
あの場所は消えたのではない。
いつでも帰れる場所として、そこに残っているのだと。
脳裏には、優しく手を振る4人の姿が浮かんでいた。
新しくできた、家族の姿が。
第十一章 完
comi
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ばたっちゅ
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成瀬りん
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コメント
3件
5人が仲良し、💛さん愛されが好きな私。朝の流れがめちゃくちゃ私の心臓に染み渡ります…ほんとに心臓ギュッてなりました🙏😭 💛さん、かわいいすぎるし、❤️に嫉妬してる💙もかわいすぎて、何回も読み直しちゃいました。ほんとに素敵な小説ありがとうございます。
もう第十一章まで読んだんですね…!今回は朝の温かい空気にすごくほっこりしました。特にジントがシュンタを起こすために耳元に息を吹きかけるシーン、あれ初めて見せる無邪気な悪戯っぽさで、思わず笑顔になりました。あとジュウタロウがセレネに「すごく綺麗だ」って真顔で言った瞬間、私もセレネと同じように顔が熱くなりました(笑)。ミレイアの「もう一人で抱え込まなくていい」という言葉が、この旅の積み重ねを全部包み込んでいて、じんわり来ました。仲間と過ごす日常の大切さを再確認できる、優しいエピソードでした🌷