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放課後の相談室は、窓を少し開けるとひんやりとした風が流れ込んで、カーテンをかすかに揺らしていた。日下部は椅子に深く腰を沈め、机の上に教科書を広げたまま、やる気のない視線を窓の外に投げていた。
「……失礼します」
小さな声とともに、扉が開く。振り向いた日下部は軽く片手を上げて「どうぞ」とだけ言った。
入ってきたのは女子生徒だった。肩から下げた鞄をぎゅっと握りしめ、どこか落ち着かない様子で椅子に座る。
沈黙の後、彼女はようやく口を開いた。
「……私、人の顔色を見てばっかりなんです」
日下部は瞬きを一度して、相手をじっと見た。
「嫌われたくないから、空気を読んで……無理に笑ったり、合わせたり。みんながやってることに反対できなくて。自分の意見なんて、ほとんど言ったことないんです」
彼女は視線を落とし、机の端を指でなぞった。
「気づいたら……私、誰といても疲れてばかりで。なのに、顔色を見てないと不安でたまらない。これって、友達なのかなって思うんです。そんなの、友達って呼んでいいのかな」
窓の外で、部活帰りの掛け声が遠く響く。相談室は取り残されたように静かだ。
日下部は腕を組んで、しばらく黙り込んだ。考えているのか、それとも言葉を探しているのか。
「……なあ。お前さ、顔色見なきゃ友達じゃいられないって思ってるのかもしれねえけどさ。逆に聞くけど、それって友達か?」
彼女ははっと顔を上げた。
「無理して笑って、無理して合わせて、それで相手が“いい友達だな”って思うなら……それは相手にとって都合のいい人、ってだけだろ」
言い方は少しぶっきらぼうだが、そこに刺すような冷たさはなかった。
「本当の友達なら、意見が違ったって離れねえよ。全部同じじゃなきゃ壊れるような関係なら、最初から形だけだ。……そんなもんに、無理して付き合う意味あるか?」
彼女は言葉を失ったまま、机の上を見つめていた。
日下部は大きく息を吐き、視線を窓の外に戻す。
「俺だって人の顔色読むのは下手だし、たまに余計なこと言って嫌われたりする。でもな……それでも残ってくれるやつは残る。そういうもんだ」
「……残ってくれる、やつ」
彼女はその言葉を小さく繰り返した。
日下部は不器用に付け加えた。
「まあ、すぐにはできねえだろ。急に顔色見るのやめろって言っても無理だ。でも、“合わせすぎてしんどい”って気づいたなら……もう半分は、自分で変わろうとしてるってことなんじゃねえの」
相談室にまた沈黙が落ちた。だが、その沈黙は先ほどよりも柔らかく、空気が少し軽くなっていた。
「……ありがとうございます」
彼女はそう言って立ち上がった。その声はまだ小さいけれど、来たときよりも確かに芯があった。
扉が閉まると、日下部は一人きりになり、机に肘をついて天井を見上げた。
「……俺、説教くせえな」
小さくぼやきながら、肩をすくめた。