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「お浜さん、ここだけの話にしておくれよ……」
ヤスヨがポツリと言った。隣でキクが、渋い顔をしている。
「わかってるよ。だけどね、これは、あたしらも、知っとくべき話なんじゃないかい?」
お浜は、二人から強引に聞き出そうと躍起になっている。
「……勝代の周りには、常に男がいたから、そのぉ、柳原の旦那様にお世話になる時、他の男の子供を身ごもっていたかどうかは、正直、はっきりしないんだけどぉ……でも、不自然な事が、重なっているのは確かなんだよ」
ヤスヨが、困り果てたように、語った。
「多分、相手は、太物屋の若旦那じゃないかと……、あたしゃ、思うんだけど……」
キクが、恐る恐る口添えする。
「だってさぁ、お浜さん。柳原の旦那様に、勝代を勧めたのは、寄合で一緒になる商い仲間達なんだよ?」
幼い子供がいるのだから、後添えがいたほうがいいだろうと、寄合の席で、圭助は商売仲間に執拗に迫られていたらしい。
「そんなもん、商いと、どう関係があるんだい?確かに、奥向きを守る顔がいないのは、不便かもしれないけど、女中頭もいるだろうし……」
キクの愚痴のような言い分に、お浜は、じっと、耳を傾けていたが、確かに、と、呟き、更に身を乗り出した。
「ってことは、やっぱり、珠子は、柳原の旦那の子供じゃないってことか。商い仲間が、その若旦那とやらを庇ったんじゃないのかねぇ。柳原の旦那は、勝代を押し付けられたんだよ、きっと」
お浜が声を潜めた。
「……お浜さん、そうかも知れないねぇ。なんでも、旦那様は、元々、柳原商店の手代だったらしいから。大人しい気性を見込まれて、先代が、お嬢様、つまり、先の奥様の婿にしたそうだよ。当然、店の実権は先代が握り続けていたようだけど……。寄合でも、立場は無かったんだろうねぇ」
「はあ、だから、あのうすらとんかち具合なのか……でも……旦那は、気付いてたんじゃないかい?珠子が、自分の子供じゃないって。だから……、櫻子ちゃん、そっちのけで可愛がったんだよ」
「え?お浜さん、それは?」
「キクさん、あんた、まだまだだねぇ。男ってやつは、案外、そんなとこにゃー敏感なんだよ。多分さ、旦那は、自分の子供だって思いたくて……珠子、珠子、だったんじゃないのかい?」
お浜、ヤスヨ、キク、女三人は、顔を付き合わせ、ひそひそ語り続けている。
そんな様子を、櫻子は、黙って見ているしかなかった。
正直、珠子のことは、あまりにも裏がありすぎて驚いたが、勝代の気性と父、圭助の気性を思うと、あり得る話だと妙に納得もしていた。とはいえ、あくまでも、お浜達の想像だと、どこか他人事に思えたのは、珠子が出て行ってしまった事も影響していたかもしれない。
そして……。
ヤスヨが、重い口を開く。
「お浜さん、勝代が、横浜にいたのは知ってるかい?」
「横浜?流れ芸者というは聞いてるけど……」
お浜は、記憶にないとヤスヨを見た。
「……若い時、見習いの半玉《はんぎょく》から、一人前の芸者になった頃、どうも、異人に囲われたらしいんだ」
「ヤスさん、そりゃあ、本当かい?」
驚くお浜にヤスヨは、頷いた。
「事が事だからねぇ、流れ芸者だって言うだけでも嫌われるのに、異人に囲われていたとなると……だから、これは、本当に限られた人間した知らないんだよ」
ヤスヨの告白に近い話に、さすがのお浜も、黙りこんでしまった。
「……それで、子供がいたらしんだ。あたしらも、そこら辺の詳しい事は分からないんだけど……子供がいちゃー、芸者なんぞまともにやっていけないし、それも、異人との間の子供だろ?結局、養子にだしたとかなんとか、そんな話をちらりと耳にしたことがあるんだよ……」
部屋は一気に静まり返った。
お浜も、勝代にそんな過去があったのかと驚いたようで黙りこんでいる。
その脇で、櫻子だけが、ハラハラしていた。
養子に出されたという子供は、金原のことではないのか……。もしも、勘の良いお浜が気がついてしまったら。
すべて、確かな事ではない。わかって入るが、これ以上余計なことを、金原の耳に入れたくなかった。
そんな櫻子の胸の内を読んだかのように、
「ヤスヨさーん、キクさーん!蕎麦!蕎麦っすよー!」
お勝手から、虎の叫び声がした。
「そ、蕎麦、蕎麦来ましたよ!は、早く準備をしないと!」
たどたどしい櫻子の問いかけに、皆、慌てて腰をあげた。
「さあさあ!蕎麦が伸びちまう!ヤスさん!キクさん!」
はいよ!と、ヤスヨもキクも、お浜に続いて台所へ向かった。
櫻子は、いらぬ騒ぎにならなかったと、ほっとしつつ、皆の後を追った。