ありったけの殺意をナツに向けてしまう。それは俺から何を提示しても、この子が死ぬという選択をした場合の最後の手段だというのに──こいつがっ、こいつがこの子の他の可能性を捨て去り縛ってしまう提案を!
ナツは顔を青ざめさせて後ずさり「出過ぎた事を、申し訳ありません……」と辛うじて肉声にして搾り出している。
「山神様は山神様じゃない神様なんですか?」
目を腫らしたマイがこちらを見上げてそう聞いてきた。
「俺は自分では神だなどとは思ってはいないが、どうやらそれに近い者ではあるらしい」
「マイを食べますか?」
「だから食べん!」
「じゃあ……マイは死にますか?」
「死なせん!」
「じゃあ……マイのお父さんになってくれますか?」
「お父さんにな……あ?」
俺の聞き間違いだろうか。元いた場所に帰したい、どんな形でも生きて欲しいという俺の想いと、死ぬ以外には何もないという少女の問答だったはずなのに。
「マイにはもう帰る所もないです。もうお父さんにもお母さんにもマイはいらない子です。でも帰ったらみんな死んじゃいます。だからマイはお父さんにもお母さんにも、もう会えないです。でもマイは寂しいのです。マイはまた泣いちゃいます。でも、神様はマイに優しくしてくれるのです。マイが死ねないなら、マイのお父さんになって欲しいのです。ダメですか?」
「だがそれは……お前が本当に欲しいものではないだろう」
寂しさを紛らわせるだけの“ごっこ”でしかないだろう。
「マイは、神様にお父さんになって欲しいです。神様にそんなことお願いしちゃダメかも知れませんけど、マイはもう寂しい気持ちになりたくないのです。死ねないなら、寂しくなりたくないのです。神様がお父さんになってくれたら、マイはそれだけで幸せです。ダメですか?」
「お前は──」
単純なことだ。この子は優しさに飢えている、愛情を求めているのだ。
「マイって呼んでください。神様……お父さん」
ここまできてしまうと俺には断れない。縛られてはいないが、願いに気づいてしまった以上“俺がどうにかしてやりたいと願った”以上、俺の本来の目的に使うという下心があると自分でわかっていてそれを避けたいと思っていてもナツを締め上げてやりたいと思っていても、もう叶えてやりたい。
「ああ、マイ。そうだな。これからは、マイは俺の娘だ。神様の娘、さしずめ“山神マイ”とでもいうか」
俺はこのあとマイにするお願いを含めてそう言う。結局そうして利用する事になるということに嫌悪感を抱きながら、それはマイに寂しい想いをさせてしまわないかと不安に思いながら、より強く抱きしめて頭を撫でてやる。
「えへへ……お父さん、大好き」
嬉しそうにそう言って頬ずりしてくるマイは、その身体を薄く発光させたかと思うと、俺が“山の神様ってこんなのかな”とか思った衣装──前世で山伏と呼ばれる人の恰好に変わっていた。
「なんだ、これは?」
「え? なにこれ……可愛い! これもお父さんのチカラですか? ありがとうっ、大事に着るね!」
マイはよくよく観察すると、先ほどまでよりも内から漲るものがあり、それはこの世界において一般的とは程遠いほどの魔力と神聖さである。
「ダリル様の御力が彼女を神化させたのでしょう。只人を神にしてしまうとは……あるいは転移者の名付けによるものでしょうか」
おそらくはその両方なのだろう。精霊界の幼女が言っていた名前の話。それに俺の存在、スキル。見れば見るほどにこの少女は山神のマイである。迂闊な名付けはこれから出来ないなと目の前の幸せそうに抱きつくマイを見てそう心に留めた。
「んもう……お父さん、そんなに見つめられると恥ずかしいよ。でもまだしばらくこうしていて欲しいな。もっとぎゅっとして欲しいな!」
俺のその力は、マイの心もそれに合わせて明るくしてしまったのだろうか、それともいよいよ遠慮がなくなっただけなのか。ともあれ、今少しこの新しい娘のお願いを聞くのも悪くはないだろう。