テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
昼休み直前、教室のホワイトボードの片隅に、いつのまにか書かれていた文字。
「明日のテーマは“過去”」
誰が書いたかは誰も言わないが、誰もが理解していた。今日の罰ゲームは身体的なもの。昨日は人格への攻撃。明日は、その両方を混ぜたような——記憶と心を暴く一日になる。
「ねえ、遥さ……お母さんに殴られてたってほんと?」
問いかけは、笑いながら。けれど、目は試すように光っていた。
「いや、もっとひどかったんじゃない?なんか、洗面所に閉じ込められてたとか、さ」
笑いが次々と湧き上がる。誰が言い出したのかは問題じゃなかった。ルールがあったわけじゃない。ただ、その場にいた者たちが、互いの顔色を見ながら、遠慮なく深く深く踏み込んでいく。
そのやりとりの向こうで、日下部が立ち上がる。机を手のひらで叩く音が教室に響いた。
「やめろ」
一言だけだった。けれど空気が一瞬だけ止まった。
「なに?正義マン?」
「ねえ、そろそろ先生呼ぼっかー。『また騒ぎました』って」
日下部の机に紙が一枚、すっと差し出された。得点表。加点の欄に彼の名前が赤ペンで記されている。
「“妨害ポイント”。五点だって」
ざわ、と笑いが走る。それすら、ゲームの一部なのだ。抗えば抗うほど、彼もまた“面白い”。
放課後、保健室。
カーテンの内側に、教師が一人いた。表向きは「気分が悪い生徒のための場所」。けれど、今日もそこには、数人の“上位得点者”が出入りしていた。
「……今日、よくやってたな。踏み込み方も上手だった」
教師は笑みを浮かべながら、ノートに何かを記す。得点とは別の、観察記録のようなもの。
「明日はもう少し、涙を引き出してみようか」
誰かが言った。
「そうだね。あいつ、過去に姉がいたとか言ってたっけ。使えるかも」
「いいね。泣いたら、+三点でしょ?」
「じゃあ、ついでに“ごほうび”もお願いしとく。面談、もう一回さ」
「先生、また頼むね」
教師は小さくうなずきながら、誰よりも楽しそうだった。