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夢の続き。
——暗闇の中で、遥は立っていた。
目の前には、何かが見えるようで見えない。黒い霧のようなものが、静かに揺れている。
呼吸をするたび、肺の奥が焼けるように痛む。声を出そうとしても、喉が塞がっているようだった。
「……もういいよ、遥」
霧の向こうから、日下部の声がした。
穏やかで、いつもの低い声。
けれど、その言葉の意味が分からなかった。
──何が「いい」のか。
──誰が、何を、許したのか。
彼の姿を探して一歩踏み出すと、足元に小さな水音がした。
見ると、地面が濡れている。
そこに映るのは、自分の顔——ではなく、誰かの手が喉を掴んでいる影。
「やめろ!」
叫ぶつもりだったのに、口から出たのは空気の音だけだった。
影が近づく。
掴んでくる手の形が、あの夜のものと同じで。
爪の痛み、皮膚の焼けるような感触が蘇る。
「遥」
再び呼ぶ声。今度は近く。
振り返ると、日下部が立っていた。
その表情は穏やかで、どこか悲しげだった。
けれど、彼の背後に立つ影がゆっくりと形を変え、颯馬の顔になった。
「俺のこと、言ったの?」
その問いだけが、異様に鮮明に響いた。
遥の手が震える。
「……言ってない」
かすれた声が漏れる。
だが次の瞬間、頬を打たれる音が夢の中に響いた。
倒れた先に、冷たい床。血と汗の匂い。
──夢なのに、現実と区別がつかない。
──現実のほうが、夢より悪い。
遠くで、日下部が何かを言っている。
「……戻ってこい、遥」
その声にすがろうと手を伸ばす。
けれど、指先は何にも触れない。
掴もうとした手のひらに、爪痕が残るだけだった。
目を覚ましたとき、息が詰まっていた。
シーツは湿って、肩が震えている。
夢の中で感じた痛みが、まだ皮膚に残っているようだった。
胸元を押さえると、薄く痕が浮かんでいた。
それを見つめながら、遥は小さく息を吐いた。
——あの夢は、夢じゃない。
その確信だけが、静かに、心を締めつけていた。