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夕暮れの校舎は、人の気配が薄れていくと同時に、どこか息苦しさから解放されたような静けさをまとっていた。相談室の窓から差し込む光は斜めに傾き、机の端に細長い影を落としている。
扉が控えめに叩かれた。日下部は面倒そうに「どうぞ」と言った。
入ってきたのは同じ学年の男子だった。背筋は少し丸まり、視線は落ちている。椅子を勧めると、彼はぎこちなく腰を下ろした。
しばらくの沈黙の後、ぽつりと声がこぼれる。
「……俺、何をしても中途半端なんです」
日下部は眉をひそめ、だが茶化すことなく相手を見た。
「勉強も、部活も。最初はやる気あるんですけど……続かない。結果も出ない。周りは先に行く。俺は途中で足止め食らって……いつも中途半端で終わるんです」
語尾は淡々としていたが、その奥には重たい自己嫌悪が渦巻いていた。
「途中で諦めるのも嫌で、だらだら続けて……でも、それも結局ダメで。俺、結局何がしたいんですかね。何をやっても、ちゃんとした成果なんか残せない。……俺、やる意味あるのかな」
窓の外ではカラスの鳴き声が遠くに響いた。相談室の中は、より一層の静けさに包まれる。
日下部は机に肘をつき、指先でこめかみを押さえながら小さく息を吐いた。すぐに気の利いた言葉なんて浮かぶ性格ではない。
「……なあ」
重たそうに口を開く。
「中途半端だって言うけどさ。じゃあ、ゼロのやつと比べたらどうだ? 手を出さねえで何もやらないやつと」
相談者はわずかに顔を上げる。
「途中でやめるのは確かに悔しいし、虚しい。でも、そこまで行けるだけでも、お前が思ってるよりはマシなんじゃねえか。少なくとも、動いたって証拠にはなる」
「でも、結果が残らなきゃ――」
反射的に返す声を、日下部が遮った。
「……結果、結果って言うけどさ。世の中、結果だけのやつばっかじゃねえだろ。途中で迷ったり、寄り道したりしてるやつだっている。俺だってそうだし」
言葉は不器用だ。説得力があるようで、ないようで。それでも嘘はない。
「本当に中途半端なやつはな……“俺は中途半端です”なんてわざわざ言わねえよ」
相談者は目を瞬かせ、黙り込んだ。自分を卑下するその言葉さえ、日下部にとっては「本気で向き合おうとしている証拠」に聞こえたのだ。
やがて日下部は椅子の背に体を預け、そっぽを向いたまま吐き捨てるように言った。
「……まあ、俺が言えるのはそのくらいだ。あとは自分で考えろ」
相談者の口元が、ほんのわずかに緩んだ。笑ったのかどうか、自分でもわからない程度に。けれどその顔には、来たときの影の濃さは少し薄れていた。
窓の外の光は、もうほとんど沈みかけている。相談室に残る淡い明るさの中で、二人の間には不器用な沈黙が続いた。だがその沈黙は、先ほどより少しだけやわらかかった。