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「——んで、俺に相談か」
「相談じゃない、寝れるように薬が欲しいだけだ」
彼は総合病院の内科に勤務する友人・宮川昂(みやかわこう)だ。少しぶっきらぼうな奴だが、仕事には真面目な態度のコイツならどうにかしてくれるんじゃないかと、時間休をもらって俺は病院へ来てみた。
「睡眠専門の医者も此処には居るが、あえて俺を選んだのは…… 友人だから、か?」
「あぁ」
「ふむ…… 。お前は新婚で、悩みなど無いと思ってたんだが、違うんだな」
「新婚だから悩んでるんだよ」
「…… あぁ、察しがついた」
(待て待て、なんでだ?たいして説明もしてないのに)
ニヤッと、何か悪い事を思い付いた様な顔をする宮川が怖い。長年の友人ながら、こういった部分は昔から理解してやれない。
「いいぞ、協力してやるよ。お前の奥さんの身長と体重は?」
「俺の、じゃないのか?」
「んなもんいらない。不眠症はストレスからくるものだ大半だ。だからお前のソレを発散する必要がある」
「それと妻になんの関係が…… 」
「あるんだろう?」
「 ……… 」
(カンがいいのか、当てずっぽうなのか——どっちだ?)
何かを企んでいるのは間違いなさそうなんだが、話にのってもいいんだろうか。
「どうする?別に俺は、お前に睡眠導入剤を処方してやってもいいが。でもそうじゃない方が、色々と楽しめると思うけどな」
(『楽しめる』って、何を言ってるんだコイツは)
「一四五センチ…… 体重は知らん。が、太ってはいないから、標準体重じゃないかと思う」
宮川が悪巧みを実行する直前の、悪戯っ子の様な顔で笑う。そんな悪どい顔が似合い過ぎて怖い。
「了解、今処方箋書いてやるよ。薬局に居る湯川か、佐倉に渡すんだな」
出てきたのは、どちらも高校時代からの友人の名前だった。
「今日は居るのか?」
「佐倉は常に居る。湯川はバイトみたいなもんだからわからんが…… 叶うなら、湯川に頼むべきだな。アイツの方がこういった事に寛大だ」
「——いや、待て。いったい何を処方したんだお前は」
「悪い薬じゃないよ、刑事さん?」
「そこは疑ってない、お前はそんな奴じゃないからな」
「ははは、ありがとう。その信頼には充分応え答えられる品だ、とだけ教えておこうかな」
椅子を回し、宮川が机にあるPCをいじる。俺はそれを黙って見詰めながら、『本当にこのままコイツに任せてもいいんだろうか?』と不安になってきた。
「あ、お前はもう良いよ。次の患者もいるんでな。このままここで長くは話せないんだ、悪いな」
「いや、それはいいんだが…… 本当に大丈夫なのか?」
不安を口にするも、宮川の楽しそうな表情は変わらない。
「どうしても不安なら湯川に訊けよ、アイツなら表情一つ変えずに教えてくれるさ」
宮川の診察室から出た俺は、会計を済ませ、病院内にある薬局へ向った。運良く湯川と佐倉の姿がすぐに確認出来たので、処方箋を渡す時に「湯川の友人なんだが、彼に頼めるか?」と伝える。俺の声がした事に、二人はすぐ気が付いてくれた。
薬剤師の湯川大和(ゆかわやまと)と佐倉一哉(さくらかずや)は、宮川昂と同じく、彼等は二人共高校時代からの友人だ。
湯川は一礼し、佐倉は俺に手を振ってきた。それに軽く手を上げて応え、椅子に座って、名前を呼ばれるのを待つ事にした。
「——日向様、日向司様」
湯川が薬引渡しの窓口で俺を呼んでいる。友人に『様』付けで呼ばれるのが、なんだか少しくすぐったい。
鞄を持って立ち上がり、受取窓口へと向う。
「元気がないですね、大丈夫ですか?」
「あぁ、平気だ。…… 今はな」
きっと、久しぶりに友人達の顔を見る事が出来たからだろう。いい気分転換になったと思う。
「…… この薬は、昂が出したんですか?」
「ああ」
「…… 司のものじゃありませんね」
やっぱりそうなのか。当然か、唯の情報を求められたんだから。
「効果や用途は聞いたんですか?」
「いや、全く」
珍しく、湯川の端正な顔がギョッとした様な表情になり、少し経ってから深いため息をついた。
「僕がコレを渡すのは構いませんが、どうか自分の良心に従って使用して下さい」
湯川が淡々と告げる声がやけに耳に響く。何の薬が目の前にあるのかわからないっていうのに、どう従えというのだ。訳が分からず、自然と眉間にシワが寄った。
「…… そんなに危険なものなのか?」
「使い方次第です。司が今の職業でなければ絶対に僕は渡してません。そもそも、昴も処方しないでしょうけどね」
湯川が首を横に振り、再びため息をこぼした。
「な、なんだ?それは」
「睡眠薬ですよ、この量ならきっかり六時間は絶対に起きないでしょう」
「睡眠薬?…… 起きないのか?何をしても…… 」
「ええ、効果は保証されている品です。危険性は割と低めですが、連日の使用だけは避けるべきですね。薬と毒は紙一重。絶対に安全なものなどありませんから」
「そんなものを、俺にどうしろと?」
「それはわかりません」
いやいや、それはわからないって顔じゃない。湯川まで悪巧みした笑顔を薄っすらと浮かべている。
「…… じゃあ、お前がこの薬をもらっていたとしたら、何に使う?」
「過去の妻に飲ませます」
間髪いれずに湯川が答える。その回答には微塵も迷いが無かった。
「…… なぜ?ってか、『過去』って、無理だろうが」
「抱きたいのに抱けない、そんな相手には丁度良い品だとは思いませんか?僕なら絶対に飲ませますね。彼女にもっともっと近づきたいから」
そう言って、男の俺でもゾクッとする様な笑みを湯川が浮かべる。
奴の言葉が耳奥で響いて、俺はゴクッと唾を飲み込んでしまった。
そんな事考えてもいなかった。
でも、もしそれが出来るのなら——
「お前、結構怖い奴だな」
「いいえ、僕はただ妻を愛しているだけですよ。彼女が手に入ればそれでいい」
(ここまで俺も正直になれたら、きっとこんなに悩んだりしないだろうに)
「あ、一哉にはこの薬の話はしない方がいいですよ。司には『ただの不眠症だ』と言ってあります」
「佐倉も欲しがるからか?」
「いいえ、そういう卑劣な手段を嫌うからです。今回の事がバレれば、それこそ僕達三人もと血祭りでしょうね」
「アイツは口に似合わず純粋な奴だからな…… 」
病院を出て、また職場に戻る。
「不眠気味だったんで、薬出してもらって来ました」と報告し、また仕事を始める。「体調が悪いなら帰ってもいいぞ」と言われたが、まだその決心がつかず、結局定時までは仕事を続ける事にした。