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放課後の相談室。蛍光灯が半分だけ点いていて、空気が少し冷たい。
机の上に置かれたペットボトルの水が、光を反射して揺れていた。
椅子に座る少女は、うつむいたまま言った。
「“ひとりでも大丈夫”って、思ってたんです。
誰かと一緒にいると、疲れるし。
話を合わせたり、気を使ったり……。
だから、“平気”って思い込むようにしてたんですけど──
最近、ふとした瞬間に、すごく寂しくなるんです」
彼女は両手でペンを転がしながら、笑った。
「わがままですよね。勝手に離れて、勝手に寂しくなるなんて」
遥はすぐには答えなかった。
窓の外では部活の掛け声が遠くに響いていた。
その声が、かえって教室の静けさを際立たせる。
「……オレも、似たようなこと思ったことあるよ」
少女が、顔を上げる。
遥は机に肘をつき、少しだけ視線を落としたまま続けた。
「誰かに傷つけられるぐらいなら、最初からひとりでいようって思ってた。
それなら、失望もしないし、裏切られもしない。
“平気”って言葉、何回も自分に言い聞かせた。
でも──平気なふりを続けてると、本当に心が麻痺してくるんだ」
「麻痺、ですか」
「うん。
寂しいって思う感情が、消える。
それが“楽”だと思ってたけど、
そのうち、“誰かにいてほしい”って感情すら湧かなくなる。
……それが、一番怖かった」
少女の指先が止まった。
沈黙が落ちる。
その間にも、窓の外で風が鳴っていた。
「……じゃあ、どうすればよかったんですか」
彼女はかすれた声で言った。
「誰かと一緒にいるのも怖いし、ひとりも寂しいし。
どっちにしても、苦しいなら、
もう“平気”って言い続けたほうが楽なんじゃないかって」
遥は視線を少女に戻した。
その瞳は、どこか優しく、しかし冷静だった。
「……“平気”って言うのは、悪いことじゃないと思う。
でも、その裏で泣いてる自分を、ちゃんと置いていかないでほしい。
強がりって、心の中の“助けて”を押しつぶす言葉だから」
少女は、ペンを握ったまま、小さく息をのんだ。
遥はゆっくりと続ける。
「オレも今でも、“平気”って言う。
でも、それは“助けて”を諦めたからじゃなくて、
“助けを待ってる自分”がいるって、知ってるから。
誰も隣にいなくても、ちゃんと誰かを求めてる。
その気持ちがある限り、まだ大丈夫だと思ってる」
少女の目に、かすかに光が宿る。
「……じゃあ、寂しいって思うのも、悪くないんですね」
「うん。
寂しさって、誰かを求める力だから。
無理に消すより、ちゃんと持ってたほうがいい。
その感情がある限り、“ひとり”でも、
どこかで誰かと繋がってる気がするから」
少女は小さく笑った。
その笑顔は、少し泣きそうな、それでいて柔らかいものだった。
「……なんか、少し救われました」
「うん。それならよかった」
窓の外では夕陽が沈み、教室に橙の光が満ちていた。
“平気”という言葉の裏側に、まだ温度が残っている気がした。