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拍手が鳴りやまない内に、服部部長が挨拶を始めた。
すでにその様子は専務らしい毅然とした風格をたたえていて、数年後に用意されている「社長」の大きな椅子さえも悠々と座りこなすだろう頼もしさがにじみ出ていた。
そんな未来の夫を終始まぶしげに見守っていた亜依子さんも、部長の挨拶が終わると静かに話しだした。
「みなさん、このたびは私事の発表のために朝の忙しい時間を割いていただき、またたくさんの祝福の拍手を頂戴し、心からお礼を申し上げます。このたび、こちらの服部友樹さんと婚約が決まりました。先に社長から頂いた言葉の通り、ともども社のため皆様社員のために、邁進しつづけたいと思います」
すっと息をついて間を置くと、ここから亜依子さんは口調をすこしくだけさせた。
「ところで、先日おかしな動画とウワサが流れてきましたが、それをごらんになった方には、今日のこの発表がとてもおどろくものだったかと思います。当該者のわたしとしましても、たいへんおどろき、また根も葉もない虚偽がさも真実のように出回ったことを大変遺憾に思います。それは、わたしのみならず、社長や母、服部さん、そしてわたしの兄妹にとっても同様です」
え…?
耳を疑った。
さらりと言われた言葉だったけれど、今、一言だけ不思議なフレーズがあったような気がした。
「ね、今なんて聞こえた?」
「たしかキョウダイって言わなかった?」
「うん聞こえたー」
耳打ち合いが、またざわめきを生む。
そんな雑音を押し付けるかのように、亜依子さんがよく通る声で続けた。
「実は、あの動画とウワサの虚実性をさらに明確に表すために、皆様にお伝えしたいことがあります」
その言葉が合図のように、すっくと立ったのは、裕彰さんだった。
服部専務がすこし離れて、社長、亜依子さん、そして裕彰さんが並ぶ…。
その瞬間、裕彰さんがわたしに気づいた。
彼はほんのすこしだけ目を見開き、そして、微笑を浮かべた。
キャラメル色の瞳を細める、あの甘くやさしい笑みを。
社長が口を開いた。
「実はもうひとつ発表がある。来季よりより重点的にソフトウェア開発に尽力するにあたり、今ある開発部をさらに拡大する予定でいる。それにともない、ここにいる我が息子でもあり特別開発課長でもある遊佐裕彰に、新部署のリーダーについてもらうことにする。この部はゆくゆくは子会社として独立させる予定であり、彼に取締役に着いてもらう予定でいる」
しん、と静まり返った。
きっと今朝一番の沈黙だった。
わたしも言葉を失っていた。
キョウダイ…?
ムスコ…?
それらの言葉はすべて、ひとりの人物をさしていた。
ここで、裕彰さんがやっと口を開いた。
「みなさん、この場で発表するのもなんですが、ここにいる服部部長、亜依子のためにもお知り頂きたいことがあります。俺、遊佐裕彰は日野社長の実の子です。訳あって公表できずにいましたが、今ここで社長より紹介される形で許しを得ましたので告白します。そして、俺の隣にいる日野亜依子さんは俺の腹ちがいの妹にあたります」
えー!!
ざわめきを越えて絶叫が響き渡った。
そして、矢継ぎ早に質問が裕彰さんや社長や亜依子さんに向けられた。
三人はそれに丁寧にかつ誠実に答え、この驚くべき事実を教えた。
もちろん、社長の沽券にかかわることは秘密にしてだけれども。
でも、裕彰さんから生い立ちを聞かされていたわたしだけは、すべての真実を理解したのだった。
「…ですので、あの動画とウワサは全く事実を曲解するものだということをみなさんご理解いただけたでしょうか」
あらゆる質問にも誠実に回答した裕彰さんは、疲れるどころかむしろすっきりとした表情を浮かべていた。
それは、社長も亜依子さんも同様のようだった。
かなりつっこんだ質問や、こういう場で露骨に伝えることじゃない、という批判もあった。
けれどすべてに真摯に答えることで、三人は三様の心の解放を手に入れたのかもしれない。
「さて、と」
質問、批判、要望、意見…すべてを一掃し、やがて根負けしたかのように静かになったラウンジ内を見回して、裕彰さんは悠然と言った。
「ここから、俺の今日の最大にして最後の本題に入らせていただきたいと思います。…実は、妹とジュエリーショップに行ったのは、幸せな妹に触発されて、俺も俺の幸せを我が物にしたいと決起したからでした」
そう言うと、キャラメル色の瞳が、真っ直ぐにただ一人を見つめた。
わたしを。
わたしを見つめたまま、裕彰さんがこちらに向かってきた。
なあに…なにをするつもりなの…。
立ち尽くすわたしに、裕彰さんは恭しく跪いて手を取った。
「来てくれるって信じていたよ、亜海」
「裕彰…さん…」
「約束通り、キミにすべてを明かしたよ。今まで秘密ばかりでキミを苦しませてしまったけれど…これで俺のこと、信じてくれる?」
そうして手の上に乗せられたのは、小さな小箱だった。
開いたその中では、まばゆい貴石が光っていた。
六角形の台座の上で八方に輝くそれは、まるで結晶だ。
けして溶け消えることのない、雪の結晶。
「亜海。これが俺の永遠の愛の証明だよ。…結婚してくれ」
ぼやけた視界に、まばゆい光がにじんだ。
「わたし…ごめんなさいわたし…」
「謝らなくていい。返事だけ言って。俺だけのものになるって…。俺とずっと一緒にいるって…」
わたしは指輪ごと彼の手を取って、笑った。
わたしはあなただけのものです。
永遠に、あなたのそばにいさせてください。
「どうか…あなたの妻にしてください…」