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夜の相談室に、ひとりの来訪者が現れた。
扉の向こうで足音が止まり、低い声が落ちる。
「……俺の優しさが、届かない気がする」
蓮司は顔を上げた。
蛍光灯の白い光が、日下部の横顔を淡く照らす。
「ちゃんと向き合ってるつもりなんだ。でも、何かがいつも伝わらない。
それでも離れたくないから、結局また傷つく」
少し間を置いて、蓮司は椅子の背にもたれかかった。
「……お前が“優しい”なんて言葉使うの、似合わねぇな」
そう言いながらも、目の奥はどこか曖昧で、拒むようで受け止めていた。
「優しさってのは、届かせるためのもんじゃねぇ。
ただ出すもんだ。受け取られなかったら、それだけの話」
「それだけで済むのか?」
日下部の声には、苦味が混ざる。
「済むさ」
蓮司は短く笑って、机を軽く指で叩いた。
「届かねぇのは、お前が悪いからじゃない。
向こうが受け取れねぇ状態なだけだ」
沈黙。
窓の外、夜風がわずかにカーテンを揺らした。
「……それでも、放っとけないんだ」
日下部は視線を落としたまま続ける。
「見てると、放っておけなくて。壊れてく感じが怖くて」
蓮司は、煙草を転がす手を止めた。
その横顔には、一瞬だけ影が落ちる。
「放っとけないってのは、優しさだけじゃねぇ。
責任とか、執着とか、願いとか――混ざってるもんだ。
お前のも、きっとそうだ」
日下部は答えず、ただ小さく息を吐いた。
「届かない優しさも、ちゃんと存在してる」
蓮司は、淡く笑って言った。
「無理に届かせようとしなくていい。
お前の中に残るなら、それでいい」
日下部は、湯気の消えたカップを見つめた。
「……お前、意外と優しいな」
蓮司は肩をすくめて、口の端をわずかに歪めた。
「うるせぇ。俺は、“届かせ方”を間違えたことがあるだけだ」
優しさは、武器にも傷にもなる。
それを知ってるやつほど、誰かを救おうとする。