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「恵菜。彼の事を『純さん』と呼んでいるが…………お前は谷岡くんの事…………好きなのか?」
父の質問に、恵菜は長い事、唇を引き結び、純と両親の眼差しを一身に浴びせられている。
無言の彼女に、彼は次第に不安に駆られてきた。
(俺としては、恵菜の気持ちを…………ご両親に言って欲しいと思うが……。離婚して一年も経たずに、好きな人ができた、と言いにくいのかもしれないな……)
微動だにしなかった恵菜が、顔を上げながら居住まいを正し、両親にそれぞれ視線を送った。
「私、純さんの事…………」
恵菜は再び瞳を伏せると、小さく息をフゥッと吐き切り、弾かれたように目の前の両親に視線をぶつけた。
「純さんの事…………大好きだからっ!」
強い意志を感じさせる恵菜の告白に、純は思わず赤面させてしまう。
彼の人生で、こんなにストレートな想いを投げられたのは、恵菜が初めてかもしれない。
──純さんの事…………大好きだからっ!
彼の頭の中で、恵菜の放った言葉が何度も繰り返され、下を向きながら唇を緩めてしまった。
(ヤベェ……。恵菜の告白をおかずにして、白メシ茶碗二杯分は食えそうだよっ……)
心を摘まれる余韻に浸っている中、恵菜が『だからこそ』と、言葉を繋げた。
「早瀬の人間たちの事を、全てクリアにさせてから、私は純さんと…………お付き合いしたい」
純は、彼女をチラッと見ると、背筋を伸ばし、真剣な色の瞳で両親と向かい合っている。
声も振る舞いも、凛としている恵菜を見て、出会った時の事を思い出す純。
憂いや空虚な色を纏わせた恵菜の瞳を見る事が多かった、これまでの時間。
だが、今の彼女は、自分の気持ちを、真摯に家族に伝えている。
恐らく、恵菜の中で、何かが吹っ切れたのかもしれない。
どことなく、晴ればれとした顔立ちの彼女に、純は改めて恵菜の事が好きだ、と実感する。
厳しい表情の父と、気遣う表情を浮かべていた母の面差しが不意に緩み、純と恵菜へ温和な笑顔を見せた。