翌朝、拓はホテルへ戻って行った。
今日は市役所で打ち合わせがあるようだ。だから一度ホテルへ戻り準備をしてから役所へ向かうと言った。
朝食は真子が作り二人で食べた。
トーストとベーコンエッグの簡単な朝食だったが、拓は真子が作るものは特別美味いと言って喜んだ。
「これは料理って言わないけれどね」
「そんな事ないよ。立派な料理さ」
真子が何を言っても今の拓は甘々だ。
拓は真子の『初めての男』になれた事で、更に真子を溺愛したいようだ。
向い合って拓の顔を見ながら食事をしていると、真子はつい昨夜の事を思い出してしまう。
その度にドキドキしてしまう。
ベッドの上での拓は、真子が全く知らなかったオトナの拓だった。
会わない間に拓はすっかり大人の男性になっていた。昨夜見た拓の姿が、本当の拓の姿なのだ。
真子はすっかりオトナの拓に翻弄されていた。
昨夜の拓の男らしい動きを思い出すと、真子の身体が勝手に疼いてしまう。
拓が真子に夢中な一方、真子も拓の事を意識せずにはいられなかった。
朝食を終えた拓はアパートを出る際もう一度真子にキスをした。
それから真子に聞いた。
「今夜の予定は?」
「特にないわ」
「じゃあ美味いラーメンでも食いに行くか」
「美味いラーメン?」
「前に役所の人に教えてもらったんだ」
「へぇ…どこだろう? ラーメンって女一人だとあまり行く機会がないから」
「俺とだったら行けるだろう? 」
「うん」
「じゃあ、6時半か7時、どっちがいい?」
「6時半」
真子は少しでも早く拓に会いたくて早い方を選んだ。
「じゃあ6時半に迎えに来るよ」
「うん」
拓は笑顔で手を挙げるとアパートを後にした。
真子は拓の車が見えなくなるまで見送った。
その日休日だった真子は家事を手早く済ませると、銀行に用事があったので歩いて商店街へ向かう。
用事を済ませた後は久しぶりにカフェに入った。
月曜の午前11時前のカフェは比較的空いていた。
真子はお気に入りのカンター席へ腰を下ろすと、少し早いお昼にしようとクロックムッシュを食べ始める。
そして食べながらスマホで小説を読み始めた。
小説に集中しようとしたが今日はどうにも集中出来ない。
身体中が筋肉痛なのと拓に愛された部分にまだ違和感を感じていたのでどうしても意識してしまう。
今頃になり、真子は高校生の時に男女交際を禁止されていた意味がわかった。
経験してみて、初めてその行為がかなり体力を使うものだと知った。
その時、真子はふいに胸の傷跡の辺りに手を当てる。
あの時拓は愛おしそうにこの傷にキスをしてくれた。その情景を思い出すだけで胸がジーンと熱くなる。
そして身体の奥が疼き出す。
昨夜を境に、真子はすっかり大人の女性へと変化していた。
気付くと無意識に拓の事ばかりを考えてしまうので、真子は慌てて頭を振る。
そして、食べかけのクロックムッシュに手を伸ばすと、また小説に集中した。
その頃、拓は市役所の会議室でミーティング中だった。
今日は、実際に工事を請け負う大手建設会社の社員と下請けの地元建設会社の担当者、
そして岩見沢市内の建築設計事務所の設計士と役所の職員が集まって話し合いをしている。
「表に作るウッドデッキの素材なんですが、人工木に切り替えた方がいいかもしれません。雪国での木材使用は痛みが激しいですから」
「なるほど。わかりました」
「コストはどうでしょう? 跳ね上がっちゃうかな?」
「その辺りも試算して次回提示します」
「駐車場のロードヒーティングについては、最初に言っていた方向性で大丈夫ですか?」
「はい、予定通りでOKです」
「わかりました」
涼平は会議中に提示された変更点を詳細にパソコンに記録する。
この日の会議は午前中で終わり、拓は今日も役所の食堂でご馳走になる事になった。
ただし今回は建設会社の社員や設計士と一緒なので、この前のように有希と二人きりと言う訳ではないので気が楽だ。
それからメンバーは皆で食堂へ向かった。
それぞれが食べたい物を注文し料理を受け取ると席に着く。
拓の左には設計士の高部、そして右手には大手建設会社の村山、向かいには市役所職員の細田が座った。
拓の近くに座れなかった小澤有希は、拓の斜め前で不機嫌な様子だ。
食事を始めると細田が拓に言った。
「あれぇ? 長谷川さん! 結婚していないって言ってたのに左手に指輪してるじゃないですか!」
「本当だ! その指輪この前右手にはめていませんでしたか?」
田中が細かい事を覚えていたので、拓は驚く。
「よく気づきましたね」
「実は私シルバージュエリーが好きなんですよ。仕事中はさすがに着けていませんが、休日はジャラジャラつけてます」
と言って笑った。
その時隣にいた設計士の高部が言った。
「彼女と喧嘩して右手に着けていたけれど、仲直りしたから左に戻したとか?」
真面目そうな高部がそんな事を言ったので、男性陣が声を出して笑った。
「まあそんなもんです」
そこで男性達の間で「やっぱりそうかー」を笑いが起きる。
しかし有希だけが面白くないといった表情で無言で食事を続けていた。
「長谷川さんサーファーなんでしょう? それにかなりのイケメンだからもてるだろうなぁ。そんな人の彼女さんってどんな人ですか?」
「まあ普通ですよ…」
「絶対普通じゃないと思うな―、むっちゃ綺麗な人だと思うな俺は」
村山がそう言ったので、男性陣は全員うんと頷く。
「まあ、綺麗かって言われたら綺麗ですね」
拓が冗談交じりで答えたので、男性陣はやられた―という顔をする。
「はいはいごちそうさま」
「聞いた俺達が馬鹿だった―」
とお決まりセリフを言う。
その時有希はショックを受けていた。自分が狙っていた男には本命の彼女がいたのだ。
そしておそらくその女にもらった安っぽいおもちゃみたいなシルバーリングを大事に左手の薬指にはめている。
しかし次の瞬間有希はこう思い直す事にした。
(都会から来たイケメンだもの…女の一人や二人いるのは当たり前か…)
障害が多い方が返って闘争心が湧くから好都合だわ…有希はそう考える事にした。
コメント
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有希自信満々だなぁ🤭 でも残念ながら拓君と真子ちゃんは相思相愛で入る隙は1ミリたりともないんだよ、残念🫤 大人の男女になって愛し合ったことで2人ともお互いの気持ちに自信が持てたんじゃない⁉️ その気持ちを大切にして、結婚の事も含めて2人の周りの人ともキチンと相談して決めてね👰♀️