その日の夕方、拓は逸る気持ちを押さえながら真子のアパートへ向かう。
今日もレンタカーを借りた。
ホテルからレンタカー会社までは徒歩ですぐだったので何かと便利だ。
真子とのデートで車が必要な時には、これからも度々世話になるだろう。
6時半ちょうどに到着すると、真子は既にアパートの前に立っていた。
「お待たせ」
「うん、迎えに来てくれてありがとう」
真子は笑顔で助手席へ乗り込むとシートベルトを締めた。
「でも、車で行くような場所なの? ラーメン屋さんって駅前にしかないでしょう?」
「それがなぁ、あるんだよ」
拓はフッと笑って得意気に言う。
「えー? どこだろう?」
不思議がる真子をよそに、拓は車をスタートさせた。
車は国道をグングン走り抜け、室蘭本線の隣駅付近を走る。
「えっ? こんな方にラーメン屋さんがあるの?」
「あるらしいよ。俺も教えてもらって初めて行くんだ」
拓はそう言うと、カーナビを確認しながら車を進める。
進めば進むほど辺りの景色はどんどんのどかな風景へと変わる。
「なんかさぁ、こういう道を走っていると北海道ーって感じない?」
「感じるな。なんてったって空が広い」
「そうそう。神奈川だと電線とか建物とか空を遮るものがいっぱいだもんね」
「そうだな。でもまあ海の方は開けてるけどな」
「そういえば拓、サーフィンは? まだ続けてるの?」
「うーん、ここに来る前は忙しくて、月に1回海に入れればいい方だったかなぁ?」
「そうなんだ。でも上達した?」
「うん、結構上手くなったよ」
「ふーん、拓のサーフィン見たいなぁ」
「いつか見せてやるよ」
その時真子は、その願いは自分が神奈川に帰らないと叶わないのだなと思った。
車はやがて目的のラーメン店へ到着した。国道に面したこじんまりとした店だ。
昼は行列が出来る事で有名らしいが、夕方は空いていた。駐車場はまだ一台も埋まっていない。
二人は車を降りて店へ入った。
「いらっしゃい」
威勢のいい50代くらいの店主が二人に声をかける。続いてその妻らしき女性が二人に言った。
「どこでもお好きなお席へどうぞ」
二人は一番奥の窓際の席へ向かい合って座った。
拓が真子にメニューを見せながら言う。
「ここは醤油ラーメンが一番人気らしいよ」
「じゃあ醤油にする」
「OK」
ちょうどお冷を持って来たおかみさんに醤油ラーメン2つを注文する。
すると早速厨房ではラーメンを作り始めた。
窓の外には夕日が見える。
「北海道は、やらたと夕日が見えるな」
「神奈川だってそうじゃん。あ、でもあっち海だけどね」
「こっちは平原とか地平線?」
「うん。でも沈む太陽は同じだよ」
「確かに…」
拓は真子との何気ないやりとりが楽しくて思わず微笑む。
こうして真子と話していると高校時代を思い出す。
二人の会話は、あの頃と全く変わっていなかった。
話が一段落した時、拓はテーブルの上にあった真子の左手を自分の方へ引き寄せた。
そして左手薬指はめられたシルバーのリングをくるくると回す。
「フフッ、回して遊ぶなー」
「うん……」
真子がふざけて軽口を叩いたのに、拓は何かを考えている様子だった。
そして何かを言いかけて言うのをやめる。
真子が不思議に思っていると再び拓が口を開いた。
「岩見沢には婚約指輪を買うような店ってあるのか?」
突然拓がそんな事を言ったので、真子は驚く。
「え? 何? どうしたの急に?」
「いや、あるのかなーと思って」
真子の心臓がドキドキと高鳴る。
そして落ち着く為に深呼吸をしてから言った。
「染織家の秋子さんが画家のご主人と結婚する時は、岩見沢市内に一軒しかないジュエリーショップで結婚指輪をオーダーしたって言ってたわ。あ、あと瑠璃ちゃん、あ、お医者様の奥様ね、その瑠璃ちゃんは、市内のお店じゃなくて札幌のブラント店の指輪をプレゼントされたみたい」
「一軒あるのか、市内に……」
「うん、あるみたいだよ」
「真子はどっちがいいんだ? 札幌の大きい店か岩見沢に一軒しかない店か。もしくは横浜か東京の店の方がいいのか?」
「何が?」
「だから買うならどの店?」
「何を買うの?」
「だから婚約指輪」
「誰が買うの?」
「俺」
「俺が誰に買うの?」
「だから真子に」
「…………」
その時、ちょうどラーメンが出来上がってきた。
「はいお待たせしましたー、醤油ラーメン二つねー。あとね、お客さん、岩見沢に一軒しかないジュエリーショップはね、結構質のいいダイヤを置いているわよ。私達もそこで婚約指輪と結婚指輪を買ったのよ。実際に行った客が言うんだから間違いないよ」
「そうなんですか?」
拓は身を乗り出して聞く。
「そうよ。オリジナルデザインの素敵な物もあるし、セミオーダーっていうの? 指輪の枠と石を別々に選べるなんていうのも出来るし、色々選べて楽しいわよ」
おかみさんは微笑みながら説明してくれた後、厨房へ戻って行った。
二人のやり取りを聞いていた真子は放心状態で動かない。
そこへ拓が声をかける。
「真子、ラーメン伸びるぞ」
そこで真子がハッとする。
「う、うん……」
そしてラーメンを一口食べると言った。
「美味しい!」
「美味いな。やっぱ地元の人が紹介してくれる店はハズレがない」
「ジュエリーショップも?」
「だろう? そこにするか?」
拓がまるでコンビニでアイスでも買うようなノリで言ったので急に真子はムッとした。
しかしそんな真子には気付かずに、拓は美味しそうにラーメンを食べ続けていた。
会計を終えて店を出る時、おかみさんがポケットから指輪を出して見せてくれた。
「今二階から持って来たの。さっき言ってたのはこれよ」
おかみさんはキラキラと美しく輝くダイヤのリングを二人に見せてくれた。
そのダイヤのリングは、石の大きさは小さかったが極上の輝きを放っている。
「うわー素敵!」
その美しさに感動した真子が叫ぶ。
「いいでしょう? 私の一生の宝物なんだ」
おかみさんが嬉しそうに言うと、奥の厨房からご主人が出て来て言った。
「やっぱりよー、こういうもんは一生ものだからよー、彼女が一番気に入った物を買ってやった方がいいぞー」
ご主人はそうアドバイスをすると豪快に笑った。
「わかりました」
拓は大きく頷く。
真子はまだ指輪をうっとりと眺めていた。
その後二人が店を出ようとするとおかみさんが言った。
「いい指輪が見つかるといいわね」
「はい、ありがとうございます」
拓は笑顔で答えると、二人は「ごちそうさま」と言って店を後にした。
車に乗ると、拓が言った。
「岩見沢の店にする? それとも札幌の店を見て歩く?」
「…………」
「私、まだプロポーズされていないんだけど」
真子はかなり不機嫌そうだ。それを見た拓はハッとする。
「ヤバい、順番間違えた」
拓は本当に間違えたらしく焦っている様子だ。
そこでつい真子が噴き出す。
「拓はロマンがない……」
「ハァ? ロマンなんかあっても飯は食えないぞ?」
「えーっ? なにそれ! もしかして拓ってロマンの欠片もない男だったのー?」
真子が憤慨したように言う。
「男は現実的に生きないとな。じゃないと女房も子供も養えないからな」
「やだー、昭和の男みたい。あれ? 平成かな?」
そんな真子に思わず拓が噴き出す。
「昭和だろー!」
「あ、昭和か」
「ハハッ、真子は面白いな」
拓はそう言って車をスタートさせた。
コメント
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ラーメン屋のご主人は岩見沢で奥さんの宝物になった💍を🎁したのね✨ この流れだと岩見沢かな⁉️と読み進めてたら、真子ちゃんが言うとおり拓君からのプロポーズも無しで誰が誰に何を買いに行くかを懇々と話してる姿がウケる🤭 確かにね、拓君が真子ちゃんにプロポーズしないとわかんないよね‼️ これは拓君が一本取られたね🙀💦