冬の光が柔らかく差し込む朝、翔はベッドの上で静かに目を覚ました。
指先の震えは残るものの、体の重さは少しずつ軽くなっている。
――まだ完全ではない。だが、あのステージの演奏がもたらした痛みと喜びは、確かに彼の中に残っていた。
窓の外では通りを行き交う人々の足音が聞こえ、日常の匂いが部屋に漂う。
翔はベッドの端に座り、手元の楽譜を開いた。
そこには、昴の新しい旋律が静かに書かれている。
遠くで響くピアノの音――昴の手が奏でる音が、彼の心にそっと入り込む。
電話やメールで連絡は取れる。だが、昴は今や世界的作曲家として各地で依頼を受け、忙しい日々を送っている。
「俺の音は、もう世界に出ていくんだな……」
翔は微かに微笑みながら、心の中でそう呟いた。
それでも、音は途切れず、二人を結ぶ鎖のように響く。
ベッドに腰かけ、指先で鍵盤をなぞりながら、翔は思う。
――依存も、愛も、痛みも、全部抱えたまま。でも、今は少しだけ距離を持てる。
昴の音が遠くにあっても、心の中で共鳴している限り、二人の世界は途切れない。
午前中、静かに過ごす時間。
電話越しに昴の声が届く。仕事の報告、曲の進捗、短い会話の中に互いの存在が確かめられる。
翔は耳を澄まし、胸の奥で音の残響を感じる。
「ああ、まだ俺たちは繋がっている……」
昼下がり、部屋の片隅でピアノを開く。
手は完全ではないが、音を出す喜びが体中に広がる。
遠くで鳴る昴の新曲と、自分の奏でる音が重なり合う瞬間、静かな幸福が心に満ちる。
夜になると、窓の外の街灯が淡く光る。
翔はベッドに腰掛け、譜面を膝に置く。
昴が遠くで奏でる旋律を、静かに聴きながら、微かな微笑みを浮かべる。
――新しい和音が、二人の生活に生まれた。
依存から少し距離を取りながらも、音で互いを感じる日常。
世界の広さに、二人の愛も混ざり、変化していく。
翔は目を閉じ、胸の奥で響く昴の音に耳を澄ます。
遠くても、音は確かに心に届く。
その旋律の中で、痛みも不安も少しずつ和らぎ、静かで温かい日々が流れ始める。
――まだ完全な独立ではない。
だが、互いの音を受け止め、世界に響かせることができる。
新しい和音は、二人にとって、未来への第一歩だった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!