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俺が使っている客間で、イレイラが目を輝かせながら大はしゃぎしている。
「足りないものは無いかしら?」
使用人に頼み、部屋の中に運び込んだ様々な品を見渡しながら、イレイラが俺に訊いた。
「えっと……そうですね、問題無いと思います」
イレイラのテンションの高さに引き気味になってしまう。だが、こちらの心境には全く気が付かないまま、マネキンに着せている鎧の前に立ち、イレイラが説明を始めた。
「この鎧、とっても素敵でしょう?王宮の騎士団から借りて来た物を、私が魔法で彩色して、細工も入れたのよ。この銀色の竜をイメージしたライン部分は自慢の箇所よ。狼もここに入っているの。目立たないけど、だからこそ素敵だと思わない?」
俺のサイズにしっかり合わせた鎧は濃紺一色に塗り上げてあり、部位ごとに、周囲には竜や狼を混ぜた細い銀色のラインを走らせてある。背中には刺繍の入る白いマントまであり、実戦向けというよりは式典で着るべきデザインだった。
「軽量化もしてあるから着ても動き易いはずよ。武器も用意したの!見ていただける?どれにしましょうか、大剣だけでなく双剣や片手剣と……他にもあるのよ。もちろん、盾だって大・中と揃えてあるわ。レイナードの得意な武器を知らなかったから、思い付く限りの種類を用意させたの。全て私がデザインし直したのよ!」
机に並べられた武器を前に、イレイラがクルッと回る。『どれも確かに格好いいが……こちらも式典用だな』と遠い目をしながら思った。
「もう気分はゲームの『武器屋』や『装備屋』みたいだったわ!これから冒険で出る勇者の初期装備を揃える人達って、こんな気分なのかしら?」
「……ソウカモシレマセンネ」
そう答えたが、イレイラの言っている言葉の意味など微塵も理解出来ていない。だが説明を求めても、自分とも違う『日本』とかいう国がある異世界から来たらしい彼女の言葉では意味不明なままだろうなと思い、今回も受け流す事にした。
「マントは戦闘が始まると消える仕様にしたわ。背後が見えにくいとかで邪魔になっては困るでしょう?大剣は重量も必要だろうから、レイナードが望む重さになるよう調整するわ。弓もあるけど、どれが好き?」
「魔物を相手にするのに、イレイラ様が最適だと思う武器でお願いします」
少し投げやりな気分で答える。魔物など見た事も無く、強さもわからない相手だ。知っている者に頼んだ方がいいだろうという思いもあるが、正直もう『どれでも使えるから何でもいい』という気持ちの方が強かった。この無駄に高いテンションをぶつけられる時間が早く終われば、それでいい。
「なら大剣にしましょう!レイナードのような屈強な騎士様には、一番合うと思うの」
「ではそれでお願いします」
「わかったわ!では重量の調整を後でするわね。あー!私が魔法を使える様になった後で、本当に良かったわー!」
異世界転移で此処へ来ても、潜在能力は高いのにイレイラはなかなか魔法が使える様にならなかったそうだ。ロシェルが生まれたあたりから少しづつ使える様になり、今はだいたいの魔法を操れるまでに成長したが主に趣味に特化した魔法が得意になってしまった。だがそれを活用する機会にあまり恵まれなかった為、俺の装備準備はもう『天職を得た様な気分だった』のだと話してくれた。
「鞄の中身も見てもらえる?回復薬や野営用品も用意したわ。ちゃんと経験のある警備兵や騎士達に必要品は何か訊いてから用意したから、きっと無駄な物は無いはずよ。でも、足りない物があれば用意するわね。——あ、次はこちらも見て欲しいの!」
(いつまで続くんだ?……有難いんだが、このハイペースは流石に疲れるな)
そう考えていた時。コンコンと扉を叩く音が客室に響き、俺は『天の助けか?』と思った。
「どうぞ!」
声をあげて答える。すると、ドアを開けて入って来たのはロシェルだった。
「あら、ロシェルも来たのね」
娘の来訪に気が付いたイレイラが説明を中断して顔をあげた。
「……素敵な装備ね」
マネキンの着る鎧を見て、ロシェルが感嘆の息をつきながら室内へと入って来た。
「これを着て、素材を取りに?」
いつものロシェルらしくない元気のない表情で、彼女は俺を見上げた。
「……そうなるな」
苦笑し、首肯する俺に「絶対に似合うわ」と短く言う。 この状況ならばイレイラと共に大はしゃぎしてもおかしくないのに、そうはならないロシェルの様子に違和感を覚えた。
「ロシェル?」
名を呼び、ロシェルの肩にそっと手を置く。「何かしら、シド」と返事はしたが、心ここにあらずといった感じだ。これはきっとカイルに『ダメだ』と言われたのだろうと考えたが、彼女がイレイラに言った言葉は全く逆の内容だった。
「母さん、私の装備も用意出来る?一緒に行く許可を貰えたの」
「まぁ貴女もなの?今日はいい日ね!」
「待って下さい!魔物が多くいる危険な場所だと聞いていますが、大事なお嬢さんを同行させても平気なのですか?」
「まぁ……心配じゃないのかと言われれば確かに心配だけど、魔物は大量に集まりでもしない限りはロシェルの魔力なら余裕で倒せるわ。個々の力はたいしたことないもの。それに今回はレイナードが一緒だし、娘が外を知るにはいい機会だわ。『可愛い子には旅をさせろ』ってね」
ニコッと優しくイレイラに微笑まれ、『これは断れないな』と諦める。ふぅと息を吐き出し、頭の中身を入れ替える為に瞼を閉じた。
(両親が許可している事を自分が反対しても覆せはしないだろう。同行させる事の不安は拭えてはいないが、もうこれは自分が守るしか無い。ロシェルの『使い魔』として、責務を果たすしかないな。切り替えの早さは自分の長所だ。不安は捨て、しっかり準備を済ませ、万全の体制で主人を守ろう。——大事な……女性を……)
「わかりました、お任せ下さい」
決意を胸に頷くと、イレイラは満足気に頷き返した。
「では、ロシェルの用意を始めましょうか。魔法使いらしいローブを基調とした装備にしましょう。貴女は神子の娘なのだから白魔道士っぽく白を基調するのがいいわね。いらないけど、杖もあると雰囲気が盛り上がって楽しそうだわ!」
顎に手を当てて、うんうんと頷きながら好き放題イレイラが話し出す。そんな様子を二人で見ていると、ロシェルの肩の上に置いたままになっていた俺の手に、彼女が自分の手を重ねてきた。
「……ねぇシド」
「なんだ?」
「足手まといにならないよう頑張るから、私を側に置いて欲しいの。……離れたく、ないから……」
小声で俯きながら言われてロシェルの顔は見えなかったが、声には切実さが滲み出ていた。『離れたくないから』の一言で無性に心臓が騒ぐ。『主人として』だと頭ではわかっているのだが、別の意味まで孕んで聴こえるのは絶対に俺の願望だ。少なからず可愛らしいと思って見てしまう女性にそう言われて、欠片でも違う意味を見出してしまうのは仕方がないと思う。
「心配しなくていい、置いて行くなどもう言わない」
肩に置く手に少し力が入った。細い肩を折ってしまわないよう気を付けねばと思っていると、ロシェルが振り返り、俺を見上げた。
「安心して、シド。貴方の願いは……私が叶えるわ」
(『願い』とは何の事だ?嫁の事くらいしか思い付かないが、此処へ来てからは誰にも話していないから違うよな。……まぁ、もし話していたら、ロシェルがそんな事を『叶える』など言うはずがないんだけどな)
不思議には思ったが、訊けなかった。イレイラが「ベースになる衣装を用意して、それを元に改造しましょう。一旦ロシェルの部屋へ行くわよ。その間に足りない物が無いか見ておいてね」と言い、さっさと彼女を連れて行ってしまったからだ。
「わかりました」
そう答えたが、ロシェルの背を押してサッサと部屋を出て行ってしまった二人に聞こえていたかは疑問だった。
客室に一人になった。 嵐が去った後の様な、そんな静けさが部屋を満たす。
マネキンの着ている鎧と、多くの武器。野営準備の為に揃えてくれた道具一式を再度確認する。説明の中で『経験者の意見を聞いてきた』と言っていたイレイラの言葉通り不備は無さそうだ。無駄にデザインへのこだわりがある事が気になったくらいで、最低限自分が欲しい物ではある事に安堵する。後は現地で水の確保さえ出来れば、何とかなりそうだ。
(ロシェルに大荷物を持たせる訳にはいかないから、荷物は軽い物と重い物とに分けるべきだろうな。彼女用の鞄も用意してもらって、相談しながら後でやるか)
荷造りさえ終われば、もう今日にだって出発出来るそうだ。だが、単身での旅ではないので、タイミングはロシェルに任せようと思う。
俺の世界と此処とでは時間の流れの差がどのくらいあるのか不明な為、急がねばならぬ旅……の、はずなのだが、此処に来てからずっと、自分が『急いで帰らねば』と焦っていない事に今更気が付いた。カイルは切羽詰まった感があり、少しでも早くと努力してくれているのにだ。
何故だろう?と、腕を組み、頭を傾げて考える。
(此処が思いのほか快適で、自分の容姿を意識しないで済むからだろうか?……そんなくだらない理由で?いやいや、何か他の要因だろ)
——とは思ったが、『じゃあこれか』というものが浮かばない。戦争しかしてこなかった自分は、それ以外では残念ながらとんだポンコツなようだ。
「……『離れたくないから』か」
先程ロシェルが言っていた一言がやけに耳に残り、俺はそれこそが答えだと気が付かぬまま、客室で一人、彼女達が戻るのを待った。