テラーノベル
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学校の喧騒は、遥の耳にまるで遠い異国の音のように響いた。教室のざわめき、冷たい視線、あざ笑う声——それらすべてを振り切るように、彼はそっと背を向けた。
誰にも見つからぬように、静かに校門を抜け出す。
曇り空の隙間から漏れた夕陽が、淡く彼の背中を照らしていた。
歩く先は決まっていなかった。
ただ、どこかに「逃げ場」が欲しかった。
行き場のない感情を抱え、足は自然と河原へと向かっていた。
川辺に着くと、薄く冷えた風が頬を撫でた。
遠くで水面がさざめき、小さな波紋を広げている。
静かな時間が流れていた。
そこに、ひとりの少年がいた。
見知らぬその少年は、静かにベンチに座り、川を眺めていた。
彼の目は静謐で、どこか遠い世界を見つめているようだった。
言葉は交わさなかった。
ただ、同じ場所にいるというだけで、互いの存在は確かに伝わった。
沈黙はやさしくて、遥の胸の痛みを少しだけ和らげた。
少年の隣に腰を下ろすと、遥は少しだけ肩の力を抜いた。
教室では見せられなかった、ありのままの自分を許す場所だった。
「名前は?」
その問いかけはなかった。
誰の名前も知らず、呼ばず、呼ばれず。
そこにあるのはただの“今”だけだった。
遠くで川のせせらぎが響き、風が草を揺らす。
二人の間に言葉はなくとも、分かり合える何かがあった。
その場所は、誰の地図にも載っていない。
けれど、遥の心には、初めて「ここにいていい」と思える場所だった。
夜が深まる前に、少年はそっと立ち上がり、何の説明もなく歩き去っていった。
その背中はまるで、風の一部のように静かで、儚かった。
遥はしばらくその場に座り続けた。
誰かと交わした言葉はなかったけれど、その静かな時間が、彼の心を少しだけ軽くしてくれた。
家に帰る道すがら、遥は小さく息を吐いた。
「地図にない場所」があること、それを知っただけで、彼の世界は少しだけ広がったのだった。
※私の中ではこの少年は悠翔(空白の肖像という別作品のキャラ)で、彼との交差した場面 汗
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