テラーノベル
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「愛人なんて、なにかの間違いですっ! それに、神原という方も知りません!」
私は必死に訴え、涼二の腕にしがみつき、震える声で泣き叫んだ。
後ろから回した私の手に伝わる涼二の心臓の鼓動が、相当早い。焦っているんでしょうね。本妻と暮らす自分のマンションに、愛人が鬼のような顔でやってきたんだから。
「まだ言うのっ!? さっさと出しなさいよ!!」
「りさりさ、やめてくれ! 妻は関係ない!!」
あーあ。りさりさって言っちゃったよ。ばかなの?
「頼むから放してくれ!」
髪の毛を掴んだ手をなんとかこじ開けさせ、涼二が私を庇ってくれた。たぶん、この後の展開を考えてのことだろう。そうじゃなかったら私も、この前理咲がチンピラの前に置き去りにされたみたいな目に遭うはずだ。
不承不承といった感じで理咲が私を掴んでいる手を離し、睨みつけてくる。しかしその恐ろしい顔は、目を血走らせ、鬼と化している。
「りょうたん、なんでその女を庇うの!?」
「そもそもなぜ、ここを知ったんだ! りさりさには住所は教えたことないだろっ。まさか僕を尾行したのか?」
「はあっ? そんなことするわけないでしょ! 女を置き去りにする男なんか、こっちから願い下げだよバーカ!!」
私がいることも忘れ、屈辱を思い出したのか理咲が涼二に攻撃的だ。
「私はね、ここの住所を教えられただけよ! 私を騙してお金取って逃げた男の愛人がここにいるって!」
「それが、神原とかいう男なのか?」
「そうよ! すごい投資家の男よ!! 億ションに住んでるって言ってたもん!!」
「……あのさ。ここ、普通のマンションだから。そんな投資家が愛人囲うような所じゃないし、適当な住所掴まされただけなんじゃないの?」
珍しく涼二がまともなこと言った。彼が言わなかったら私が言うつもりだったから、却って手間が省けた。
「そんな……」
「もう作り話はやめてくれ。復縁したいと思って来たんだろ。でも、もう無理だから」
勘違い男がおもしろいことを言うね。私がいること忘れてない?
つっこみどころ満載だわ。
理咲がわなわな震えているところへ、廊下の向こうから、複数の硬い足音が重なった。扉はわざと開けっ放しにしておいたから、さっき呼んでおいた警察がなだれ込んできた。
「警察です! 離れなさい!」
踏み込んできた3人の警官が、暴れる理咲を視界に捉える。理咲は警官の姿を見るなり、さらに叫び声を張り上げた。
「警察!? ちょうどいいわ、この女を捕まえて! この女は神原新次郎っていう詐欺師の愛人なのよ! 私の人生を、お金を、全部返させなきゃ!!」
3人入ってきた警官のうちふたりが理咲の声を無視して彼女を取り押さえる。床に顔を押し付けられている。ざまぁ。
「私じゃないわっ、あの女を逮捕しなさいよ! 間違えないで!!」
私は暴れる理咲の前でわざとらしく涙を拭い、警官の一人にかけ寄った。できるだけ守られるべき弱者としての姿を見せる。
「……すみません。この方が急に押し入ってきて、私の髪を掴んで放してくれなくて……。怖かったです……」
「大丈夫ですよ。署で詳しくお話を伺います。奥さん、怪我はないですか?」
#大人ロマンス
煉彩
235
#セックスレス
深冬芽以
1,050
さぶれ-SABURE-
641
#相談女
澪
218
優しく聞いてくれたので、ポロポロと涙を流しながら頷いた。
「はい……。でも、なにを言っているのかさっぱり分からなくて……」
私は震える肩を涼二に支えさせながら、エレベーターに押し込まれていく理咲を見送った。
理咲は最後まで「私は選ばれた人間なのよ!」「りょうたん、助けて! 私が逮捕されてもいいのッ!?」「アンタの秘密バラしてやるから!!」と、かつての栄光の残骸を叫び散らし、マンションの住人たちの好奇の目に晒されながら消えていった。
※
事情聴取を受け、ようやくすべてから解放された。
私は静まり返ったリビングで涼二と対面した。彼は糸が切れた人形のように、項垂れ、俯いている。
「……ねえ、涼二。彼女はいったい、どこの誰? 仕事関係って言っていたけど、ずいぶん親しそうね」
私の声は先ほどまでの演技じみた女のトーンではない。涼二は私の声の変化に気づき、弾かれたように顔を上げた。
「……沙耶、それは……彼女がパニックになっていて。ほら、仕事でちょっとしたトラブルがあった担当者なんだ。逆恨みというか、なんというか……」
涼二は泳ぐ視線を必死に固定しようと、私の足元あたりを凝視している。その声は微かに震え、額にはうっすらと脂汗が浮いていた。
「仕事の担当者。へえ……」
私はゆっくりとソファに腰を下ろした。足を組み、顎を引いて、ただ無機質に彼を見つめる。
「仕事の担当者を、プライベートな愛称で呼ぶのが、あなたの会社の社風なの? 『りさりさ』なんて、素敵な響きね。それに彼女も、あなたのことを『りょうたん』って。……ずいぶん、風通しのいい職場だったのね」
「あ、いや! あれは……その、彼女が勝手にそう呼んでいるだけで! ほら、クリエイティブな業界だし、そういう距離感の近い人も中にはいるっていうか……」
「じゃあ、住所の件は?」
私は、彼の言い訳を遮るように言葉を重ねた。
「彼女、言っていたわよね。『住所を教えられただけ』って。……あなたは彼女に住所を教えていないのに、なぜ彼女はここへ辿り着けたのかしら。あなたがさっき言ったみたいに、彼女があなたを『ストーカー』して突き止めたの? でも、彼女のあの反応……。あなたの姿を見て、明らかに動揺していたわよね? ここにあなたが住んでいるなんて、これっぽっちも思っていなかった顔をしていたわ」
「それは……」
涼二の目が泳ぎまくっている。ふふ。楽しいわ。
もっと楽しませてよ、涼二。
三流脚本家の言い訳、ぜんぶ聞いてあげるから。
コメント
1件
うわっ、第38話めっちゃ面白かった…!沙耶のクールな頭の回転、最高だわ。理咲が「りさりさ」って呼んじゃった瞬間、もう涼二終わったなって思ったよね(笑)。警察呼んで全部仕組んでた沙耶、まじで格好いい。最後の「三流脚本家の言い訳、ぜんぶ聞いてあげる」ってセリフ、鳥肌立ったわ。涼二がまだ気づいてないのが滑稽すぎて笑える。続きが気になりすぎる🔥