「ごめんなさい…… 。全然思い至らなかった、です」
夜着からドレスへと着替えた後の夕食の席で、私はカイルに平謝りされた。当然だ、私に食事を与える事をすっかり忘れていたのだから。三食しっかり食べるタイプである私は、夕食間近の辺りには空腹の辛さに絶えきれなくなりソファーで力無く倒れていた。 『残留思念』による追体験が楽し過ぎて無駄にはしゃいでしまったので、空腹であった事に再び気が付いた時にはいきなり力が出なくなったのだ。
使用人達も『食事は用意しなくても大丈夫なのだろうか?』と気にはしてくれていたそうなのだが、指示が無かったので、私はまだ眠っているものだと思っていたらしい。
『来客がある』とカイルを呼びに来た“セナ”と呼ばれる神官服の男性は、カイルから頼まれていなかったので『今のイレイラ様は食事をしなくても問題ない種族の子なのだろう』と受け止めてしまったそうで、セナさんからも土下座されそうな勢いで謝罪されてしまった。
カイルに至っては、食べる事は出来るが基本的に食事を必要としないらしく、そもそも私に食事を与えないとという発想が頭に無かったそうだ。
(お猫様、よく飢え死にしなかったな……こんな人達に囲まれて)
心の底から、不思議に思ってしまった。
「もう気にしなくていいですよ。私も悪かったです。今度は『お腹が空きました』ってちゃんと言いますね」
大急ぎで用意してくれた大量の食事をなんなく平らげて満足した私は、心の余裕が出来たおかげで彼の謝罪を受け入れた。美味しかったし、どれもこれも食べやすかったので、怒りたい気持ちなんて完全に消え去ってしまった。食事が口に合うというのは幸先が良いとも思った。色々なお話の『召喚されちゃった人達』と同じ様に、私も元の世界に帰る事が出来ない以上、食事は大問題だったからだ。
(知っている食べ物と酷似した物も多くあったし、此処でなら何とかやっていけるだろう)
食後に出してもらえた紅茶を飲みながらそんな事を考えていたら、謝罪を受け入れてもらえた事に安堵したらしいカイルが、この瞬間を待っていたかの如く席から勢いよく立ち上がった。
大きなテーブルの対面に座っていた彼は、大股で私に接近し、紅茶の入るカップを持ったままの私を器用にそっと姿勢そのままに抱き上げる。そして私の座っていた席には彼が座り、私は彼の膝の上に乗せられた。
(——ん?何が起きたんだ?)
訳がわからず軽く後ろに振り返る。目が合うと、たったそれだけの事なのに何故がカイルは破顔した。プルプルと震え、感無量といった表情だ。
「イレイラが優しい…… 」
紅茶に気を付けてくれているのか、勢い無く私の腰の辺りをギュッと背後から抱き締める。そして肩に顔を埋め、グリグリとしてきた。
「あの、まさかとは思うんですが、もしかして昔も食事を忘れて怒られたりとかしたんですが?」
私の言葉に、カイルがビクッとと肩を震わせた。どうやら図星だった様だ。
「…… ごめんなさい」
項垂れ具合が半端ない。
「あの時は一週間触らせてもくれなくなって、もう一生イレイラに嫌われたままだったら僕は死んで詫びるしかないって思ったよ」
何もそこまで落ち込まなくてもとは思うが、きっとその時は『この世の終わりだ』と彼は本当に思っていたんだろう。
「まぁ当然怒りますよね。猫ですもんね。死活問題ですよ、人間以上に」
「あの時はセナがすぐに気が付いてくれて君の体調に影響は無かったんだけれど、あんなに怒ったのは初めてだったから怖かったな。僕には、君しかいないのに…… 」
腰を抱く腕に力が入る。『私』では無く、此処には居ない『お猫様』相手に向けるべき感情を私にぶつけてこられても、どうしていいのかわからなくなった。
紅茶を飲み干してテーブルの上にあるソーサーに戻す。お猫様のご飯皿にでも触る事が出来れば、その時本当は彼女が何を考えていたのかがわかるのかもしれないが、いきなりそんな事を話してもいいものだろうか? そもそもこの『残留思念が読めちゃうぞ現象』を、カイルに話すべきなのか、私は正直迷っていた。信じてもらえないかもというよりも、そんな事を今更教えられても困るのではという理由で。
『お猫様』はもう他界した存在だ。
この先彼は思い出の記憶だけを胸に生きていかないといけないのに、追加で『実はあの時の彼女はこんな事考えてましたよ』なんて話されたら、もう逢えない事実に押しつぶされてしまうんじゃないだろうか?と。
(今すぐに話す必要もないかな。もっと色々わかってからでも、遅くはないかも)
そう思案していると、カイルが私に声を掛けてきた。
「お茶が終わったのなら部屋に戻らないかい?夜も遅いし、お風呂にも入りたいんじゃないかな?」
願っても無い話に私は首肯した。色々考えるのはまた今度だ。
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