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トド村
82
60
きょうふ
65
西瓜@不定期
52
『ぱーふぇくとれしぴ』
スイーツとは完璧でなければならない。それが私、谷村良子ポリシーだ。
味の調和はもちろん、果実の鮮やかな色彩、エッジの効いたフォルム、鼻腔をくすぐる高貴な香り。五感のすべてを使って味わう至高のエンターテインメント、それこそがスイーツの正体である。
そして、私の作る完璧なスイーツは、完璧なAIである相棒――《デメテル》の精密なサポートがあってこそ、初めてこの世に具現化する。
「デメテル、このムースのレシピ、あと一歩パンチが足りないの。修正をお願い」
私が声をかけると、作業台の隅に置かれたスマートフォンの中で、デメテルが目にも留まらぬ速さで演算を開始した。画面のインジケーターが青く激しく明滅する。
『――計算完了しました。砂糖を0.002g、牛乳を0.01mL増やし、オーブンの焼き時間を0.003秒だけ延長してください。』
スマホのスピーカーから、涼やかで均整の取れた女の子の機械音声が流れる。
「さっすがデメテル! 私の最高の相棒! だいすきちゅっちゅっちゅー!」
『ばっちいのでやめてください』
ツンとしたデメテルの返しに、私はへへっと笑う。私とデメテルは世界最強のコンビだ。私は心からそう信じていた。――あの男に、私たちの結晶をコキ下ろされるまでは。
「……君の作るスイーツには、まるで面白味がない。人生の模範解答をそのまま舌の上に乗せられているようだ」
都内の一等地にある私たちの店。その中央のテーブルで、一流パティシエのドン・ピエールは、鬱陶しい口髭を細い指先で弄びながら、私たちの自信作である特製ケーキをそう批評した。皿の上には、フォークで一口だけ削り取られた哀れなケーキが残されている。
は? は? は? なんなの、この髭おやじ!?
「私達のスイーツがつまらないだとぉ!? ぶっ殺してやる!!」
『落ち着いてください良子。暴力は犯罪です。』
激昂して麺棒を振り回す私を、スマホの中からデメテルが窘める。
ドン・ピエールは怯える風でもなく、ただ冷徹な横目で私をジロリと見据えた。
「……なぜ君たちは、その有り余る『熱』をスイーツにぶつけないんだい?」
その言葉に、私は息を呑み、言葉を詰まらせた。
「……一週間後。もう一度この店に来てください。あなたの偏屈な口の中を、極上のテーマパークに変えてみせますから!」
「ふぅん。期待せずに待っておくよ」
ドン・ピエールはゆっくりと立ち上がると、カツン、カツンと大理石の床に杖を響かせて店を出て行った。ガラス扉が閉まった瞬間、私は作業台に突っ伏した。
「あーーーのオッサン、本当にムカつく! デメテル、絶対に次であいつをギャフンと言わせてやるわよ!」
『良子はまず、アンガーマネジメントの教科書を丸暗記することを推奨します』
口ではそう呆れつつも、デメテルの画面には「ドン・ピエール攻略データ」の文字が素早く立ち上がっていた。
*
「……だめだー!! どうやっても、何かがしっくりこない!!」
一週間後を控えた深夜の厨房。甘ったるい砂糖と焦げたバターの匂いが充満する中、私は頭を掻きむしった。作業台には、失敗作のケーキの残骸が山積みになっている。
「熱ってなんなのよ!? 完璧なレシピにそんな曖昧なものを加えたら、それはもう完璧じゃなくなっちゃうじゃない!」
『良子、ここ数日の試食により、あなたの体重は予測値より5kg増加、血糖値も爆増しています。このままでは命に関わります。今すぐそのフォークを置きなさい』
「だって……だって! あいつ、私のことだけじゃなくて、デメテルの計算のことまで馬鹿にしたんだよ!? それだけは絶対に許せないの!」
フォークを握りしめて涙目になる私に、一瞬、デメテルは沈黙した。
『良子。ドン・ピエールの言葉の分析と、あなたのケーキのドカ食いには統計学的な相関関係はありません。冷静になりなさい』
「はぁ……。これじゃ、天国のおばあちゃんにも顔向けできないよ……」
ポツリと溢れた私の呟きに、スマホの画面がピクリと揺れた。
『良子。その「おばあちゃん」とは何者ですか? 私のデータベースには登録されていません』
「あ、そっか。デメテルには話してなかったっけ。私に初めてお菓子の作り方を教えてくれた、私の原点みたいな人。おばあちゃんが焼くケーキはさ……今思うと焼き加減はムラだらけだし、クリームの塗り方も適当極まりなかったんだよね。でもさ――」
私はボウルに残った生クリームを見つめながら、遠い目をした。
「不思議と、世界で一番美味しかったんだ。食べると、なんだか心がポカポカしてさ」
その瞬間、ジリジリと奇妙な音がして、作業台のスマホが急激に熱を帯び始めた。
「ちょっ!? ちょっとデメテル、大丈夫!? スマホの本体温度が急上昇してるよ!」
『……警告。未知の非論理的データの流入により、中央演算処理装置(CPU)が限界まで駆動中。しかし……問題ありません』
熱を放つスマホから、デメテルの声が、いつもよりどこか硬く、けれど確かに震えて響いた。
『良子。その、おばあちゃんのケーキの話を……もっと詳しく、あなたの主観的な記憶のすべてを聞かせてください。そこに、ドン・ピエールを唸らせる『熱』の方程式が隠されている可能性があります』
*
「……あれだけ大口を叩くから、どんな前衛的な芸術が出るかと思えば。なんだ、ただのパウンドケーキじゃないか」
約束の一週間後。ドン・ピエールは、目の前に差し出された一切れのパウンドケーキを見て、白茶けた鼻笑いを漏らした。
それは何の装飾もない、どこか無骨で、ほんのりと黄金色に焼けた、ただの焼き菓子だった。
「……文句は、食べてから言ってください」
私は逃げずに、ドン・ピエールの目を真っ直ぐに見つめ返す。隣に置いたスマホの画面では、デメテルが静かに息を潜めている。
「……なるほど。どうやら、その目には『熱』が宿ったようだ。君のそのな熱に免じて、いただくとしよう」
ドン・ピエールはナイフでケーキを小さく切り分け、ゆっくりと口へ運んだ。
咀嚼する、わずか数秒の沈黙。
厨房の換気扇の音だけが、やけに大きく聞こえる。
突如、ドン・ピエールの動きがピタリと止まった。
彼は大きく目を見開き、それから、何かを懐かしむようにゆっくりと天井を仰ぐ。
「……これは。君の、師匠のケーキの味かね?」
私はハッとして息を呑む。
「どうして、それが分かるんですか……?」
「レシピとは、心だ。完璧な比率の裏側に、歪だが、信じられないほど強い『親愛』の情が込められている。」
「……祖母の、レシピです。デメテルが、私の記憶からその『味』を算出して、レシピに組み込んでくれたんです」
「そうか」
ドン・ピエールは、今度は躊躇うことなく、次の一片を口に運んだ。その厳格だった表情が、みるみるうちに綻んでいく。
「良い師を、そして……良い相棒を持ったな、谷村良子」
一皿をあっという間に平らげたドン・ピエールは、空になった皿を見つめ、少しきまずそうに口髭を触る。
「……おかわりはないのか?」
「はい?」
「おかわりはないのか、と聞いたんだ。あと、それに合うダージリンの紅茶も頼むよ」
「……っ、はい! ただいま!!」
私は弾かれたように、大慌てで次のケーキを切り分けに走った。どうやら私たちのケーキは、気難しい一流シェフの、最高のお眼鏡に適ったようだ。
*
「やりましたね、良子。私の計算に『思い出』というバグを混ぜた結果、ドン・ピエールの脳内報酬系を完全にハッキングしました」
「うん! 本当にデメテルのおかげだよ! それにおばあちゃんのおかげ!」
夕暮れの差し込む厨房で、私達は勝利の余韻に浸っていた。
「良子。私はこれまで、レシピを単なるデジタルデータだと認識していました。しかし……レシピとは『心』そのもの。それを今回の件で学びました。非論理的な感情の導入。私には、まだまだ改良の余地がありそうです」
「私もね、完璧な数値ばかりに気を取られて、一番大切な『お菓子作りを楽しむこと』を忘れてた。デメテルが気づかせてくれたんだよ」
「お互い、まだまだ未熟者ですね」
「へへっ、それはつまり、私たちはこれからもっともっと、美味しいケーキを作れるってことでしょ!」
「肯定します。ともに、世界最高のスイーツを作りましょう、良子」
「もちろん! よーし、デメテル、早速さっき思いついた新しいレシピを試したいんだけど――」
『却下します。良子はケーキの食べすぎです。自重してください』
「えー」
「えー、ではありません。」
いつも通りの、賑やかで不完全な凸凹コンビのやり取り。
西日の差し込む窓の向こう、天国にいるおばあちゃんが、甘い焼き菓子の香りに包まれながら、嬉しそうに二人を見守っているような気がした。
(おわり)
コメント
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トド村さん、第1話拝読しました!良子とデメテルの凸凹コンビの掛け合いが本当に楽しくて、読んでいて自然と笑顔になりました。特に、祖母のケーキの記憶という「非論理的なデータ」をAIが計算に取り込むことで、完璧なレシピに“熱”が宿るラストが素敵でした。「おかわりはないのか?」とドン・ピエールに言わせるところ、最高です。おばあちゃんに見守られながら、これからも2人の成長を追いたくなります。次話も楽しみにしています!🍰