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第1話 人情派は崩れる
配信
「こんばんは〜、“はごろもまごころ”です!」
淡いピンクと水色の背景に、にこにこと座る二人が映し出される。
まひろはまだ小学低学年ほどの姿をしている。丸い顔に大きな黒目、前髪はぱっつんで、肩にかかる髪はまだ幼さを残した艶。白いシャツに半ズボン、胸元にはランドセルをかけたままという“無垢さ”全開のビジュアルだった。
隣にいるのはミウ。ロングヘアをふわりと左右に垂らし、花柄ワンピースを着こなす。胸元には小さなリボン。見た目は「近所のお姉さん」そのもので、柔らかな笑顔を絶やさない。
二人はカメラの前で手を振り、ゆったりとした挨拶を終えると、まひろが無邪気に口を開いた。
「ねぇミウおねえちゃん。昨日のドラマ見た?」
「え〜? 見たよぉ♡ 泣けるやつでしょ?」
「うん、僕も感動したよ。でもさ……出てた田所修二さんって、ほんとに“いい人”なのかな?」
コメント欄が一瞬でざわつく。「国民的俳優」と呼ばれるその人は、温厚な笑顔と人情派キャラで長年愛されてきたベテラン。家族向けドラマやバラエティにも常連、誰もが「安心できる人」と信じている。
「僕ね、ネットでちょっと見ちゃったんだ。……“裏ではちょっと違う顔かもしれない”って」
まひろはランドセルの肩紐をいじりながら、つぶやくように言った。
「ほんとじゃないといいなぁ。だって、僕、田所さんの演技、好きなんだもん」
疑惑の芽生え
ミウがふわりと笑って、首をかしげる。
「え〜? まひろ、心配しすぎじゃない? でもぉ……考えてみれば、私たちってテレビでの顔しか知らないんだよね♡」
彼女は声を甘く落とす。
「もし裏で違う顔だったら……どうする?」
コメント欄に「まさか」「そんなわけない」という否定と、「確かに見たことある」「週刊誌で似た記事あったかも」という不穏な書き込みが同時に流れ始めた。
まひろが無垢な声で続ける。
「僕はただ……みんなに騙されてほしくないなって思うだけ。だから、一度考えてみてね」
カメラの向こうの数万人は、その一言に重さを感じてしまう。
レイNews記事化
翌朝。
ニュースサイト「レイNews」に記事が並んだ。
見出しは硬派で、だが不自然に田所修二の名前を強調している。
本文は自然なニュース調。
「一部視聴者の間では心配する声も出ている」「SNS上では意見が分かれている」と、あいまいな主語を積み上げる。
しかし読者は、「火のない所に煙は立たない」と信じ込んでしまう。
群衆の暴走
午後にはSNSがざわついていた。
「そういえば昔から女癖の噂あったよね」
「番組で共演した若手女優、距離近かった気がする」
「やっぱり子どもは正直だな」
会社の休憩室でも主婦の集まりでも、田所の名前は「清廉」から「怪しい」へと変わっていく。
本人は沈黙を貫いたが、それ自体が「認めた」と解釈される。
夜、ワイドショーが「レイNews」を引用して取り上げる。過去映像をスロー再生し、「視線がいやらしい」などと専門家がコメント。
翌朝にはスポンサー2社が契約を打ち切り、予定されていた新ドラマも降板が決まった。
クライマックス:俳優の崩落
数日後。
田所修二は沈痛な顔で会見に臨んだ。
スーツ姿に汗がにじみ、手元の紙を震わせながら「事実ではありません」と繰り返す。
だが、その映像はまたレイNewsに切り貼りされ、「弁明に終始、誠実さに欠ける」という記事となった。
長年築いてきた「国民的俳優」の肩書は一夜にして崩れ落ちた。
結末:無垢とふんわり
同じ夜。
「はごろもまごころ」の画面に再び二人が映る。
まひろはランドセルを膝にのせ、無邪気に笑った。
「僕、ただ“ほんとじゃないといいな”って思っただけなのに……すごいことになっちゃったね」
ミウはやわらかく頷き、にこりと笑う。
「うん♡ でもぉ、みんなで考えるって大事だよね。
正しいことは、きっと自然に選ばれるんだから♡」
コメント欄は「正義を果たした」「よく言ってくれた」と祝福の声で埋まる。
画面の裏で、ミウはレイNews管理画面を開いていた。
翌日の記事タイトルを5本入力する指先は迷いがなく、まるで楽しい日記を書くようなリズムだった。
二人の笑顔はまごころに見え、だがその背後で社会はひとりの俳優を葬り去っていた。