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「そんな感情が僕の中にあるなんて事が許せなくて、でも僕からじゃどう足掻いても芙弓を嫌えなくて……だから僕は『自分から嫌うのが無理ならもう、君に嫌ってもらうしかない』って思って。『嫌ってもらえれば、僕も君を嫌えるんじゃないか』って……」
頬に触れていた手が離れ、耳の横に彼が手をつき、項垂れる体を支える。そしてそのまま私の体の上にロイさんが覆い被さってきた。
彼の発する言葉に戸惑いながらも私は、人形の安否も気になり始めた。
(今なら、私がロイさんから注意が逸れた事に気が付かないかもしれない)
そんな期待を込めて人形の方にチラッと目をやると、『彼』はとっくに、倒れていた体を起こしてベッドの上でくつろいで座っていやがった。口元には笑みを浮かべ、『見る』事の出来ない顔を私達の方へ向けて軽く頷いている。その様子はなんだか今のこの状態をとても喜んでいる様に感じられ、段々ムカついてきた。
「でもね、僕はもう自分の気持ちから目を逸らして、蓋をして、無かった事にするのを止めようかと思うんだ。……雪乃を守るのはもう、僕の役目じゃないからね」
(あ、そうか——)
「結婚、するんですもんね……あの子」
五歳の頃から、最近までの二十年間全く会わないできた親友が結婚するという事に、正直まだピンとこない。彼女の夫となる『佐倉武士』さんとかいう人とも会っているというのにだ。メールや電話等で連絡し合ってはいたけれど、もしかしたら私の中で雪乃は、五歳のままで止まっているのかもしれない。
「そうだよ、新しい家族を築いていくんだ。子を生し、新しい生活を作っていくのに僕は必要ない。僕とじゃ子供は作れないしね、人道的に」
「……ま、まさかアンタは雪乃相手にそこまで望んでいたんですか?」
流石に驚き、声が大きくなった。
「まさか!雪乃の事は好きだし、愛してると断言出来るけど……やっぱり僕等はどう足掻いたって兄妹だからね、欲情した事は一度も無いよ。それなのに……困ったな。正直、僕にはそういった欲求は存在しないんだとも思っていたのに」
そう言うロイさんの声色が少し変わった。そして 彼の大きな手がそっと私の額を撫で、顔にかかる長い前髪を指先で除ける。
「芙弓とは、こうやって傍に居るだけで心臓が五月蝿くてしょうがないんだ」
ロイさんの息が少し荒く、私の脚に何か違和感を抱かせるモノが当たっている気がする。
「えっと……いい加減もう、私から離れてもらえませんか?」
不安が心を覆い、体が縮こまる。
「何故だい?僕はもう自分の感情から目を背けるのを止めたんだ。芙弓は僕の事が好きなんだし、好きなら僕が芙弓に何をしても問題は無いよね?」
「いや、あの、別に私はそういう訳じゃ……」
刺青の刻まれたこの『手』や『存在』が『愛しい』とは言ってもらえたが、私自身を『好きだ』とか『愛してる』とは言われてはいない。ロイさんに対する私の感情だってただのファン心理でしかないのか、それ以上のモノなのか自分でも分かっていない為、私もからも『好きだ』『愛してる』だのといった類の言葉は言っていないのだ。
(それなのに『両想い』と判断したかのように行動しようとするのは、いくらなんでも気が早いのでは?)
嫌われていた訳ではなかったという事実は私の心を軽くはしてくれたが、別の感情が心に圧し掛かり始めているのがはっきりと分かる。
「僕の、女性の好みって知ってる?」
唐突なロイさんの質問に、私は眉を顰めた。
(雪乃そのものなんでしょ?)
——と思った気持ちを、悔しくさと共に口の中で噛み潰す。わかってはいても、言葉にするのは腹が立つ。
「色が白くて、背も高くて、スタイルが良くて、一般家庭に生まれたみたいに『普通』の感覚を持った子で、『日常』を幸せだと思える感性を持っていて、お洒落で素直な子が好きなんだ」
「……はぁ」
(その言葉に、私はどう返せって言うのよ!)
「芙弓じゃぁ……肌の色が白いくらいしか当てはまらないね!」
キスだって出来そうなくらいの距離で、明るく断言されてしまった。
私はいっとう大きな声でそう言い、ネクタイで拘束されたままの腕を動かして見せた。
「えー?別に嫌いじゃないよ?その証拠にね、ほら……」と言いながら、ロイさんがさっきからずっと私の脚に当たっている『違和感』を一層こちらに擦り付けてきた。
ゾワッと全身に嫌悪感が走り、体が震える。
「あはは!コレが何かはわかるんだ?それにしても、やっぱりこういう事は本当にイヤそうだねぇ。あ、そうだ!僕ね、君がこういう事を嫌いな訳も知ってるよ」
そう言えば、そんな事を前にも少し言われた気がする。だが、それは今する話か?
「その原因が、君に人形を作ってもらった彼等のせいだって事もね」
どうしてその事を?とは思ったが、もう彼に対して分からない事が多過ぎて、疑問を口には出せなかった。
「ゼロから作った愛しい人形を『セクシャロイド』として使われるのが耐えられなかった。そうだろう?違わないよね?でも、彼等をそう走らせたのは——君自身だ」
私の耳元で、ロイさんが言い切った。
「本当に嫌だったのなら、『そういう機能』をつけなければよかったのに」
「でも義父さんが、『人形は、全てを忠実に再現するべきだ』って——」
「だからって、言われるままにそうしたのは芙弓だよね。と言うことは、君はその結果を受け入れなければならないんだよ」
「だ、だからって私の人形を『あんな事』に使われるなんてやっぱり許せない!ただ大事に愛でて欲しかっただけで、乱暴に扱われるなんて想定してない!」
「乱暴になんか扱ってはいないよ。彼等はただちょっと、『愛しい人』と同じ姿や意識を持った人形を愛し過ぎちゃっているだけさ。それに、芙弓だってそんな事言ってるけど、さっきまでの自分自身を振り返ってみたらどうだい?」
話ながらロイさんの声に混じり始める、怒りの感情。穏やかな口調のままではあるのだが、段々と低音になっていき、彼の声が耳奥でやたらと響く。
「ち、違う!別に……私達はひ、卑猥な事を、していた訳じゃ——」
「芙弓はそのつもりでも、事実、『僕に似た人形』に押し倒されていたじゃないか」
全くもって弁解の余地が微塵も無い指摘が小さな胸に思いっきり刺さった。
「そ、その通りだけど、あれは全部アンタのせいで!」と涙目で訴えたが、流石に意味が分からなかったのか、ロイさんに『何の事?』と言いたそうな顔をされてしまった。
(えっと、まず何処から説明したらいいの?この人は本当に何を何処まで知ってるの?)
必死に回転の鈍っている頭を働かそうとしていると、そんな私の姿を見たロイさんがクスッと楽しそうに微笑んだ。