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――ジオン!
……いいえ、ジオンじゃない……。
男に抱かれている。
どこにいるのだろう。
どうして?
私は一人でいるの?
川辺。男の声が聞こえる――。
よろしいですね。
できるだけ、遠くに走るのですよ。
だから……。
私は走って……。
ほら見て!とっても綺麗。
見て!お花が、綺麗ね!
―― 走って!
もっと走って!
男が叫んでいる。
ジオン!
どこにいるの?
……ジオン?
どうしたの、ジオン?
……剣などぬいて……
ねえ……。
ジオン?どうしたの?ジオン?
「あぁあ!」
「ミヒどうした」
夜更け──、何時ものように添い寝するチホは、何が起こったのかと飛び起きた。
「……ああ……どうして。ねえ、どうして、ジオンは斬りつけてきたの?!」
「どうしたんだい?悪い夢を見たんだね?」
じっとりと汗をにじませるミヒは、異常に取り乱している。
「私、私、逃げていたの。誰かに抱かれていたわ。川辺のような所。でも、一人きりになって……。走っていた……」
ミヒの瞳は、ここではない彼方を見つめている。
「川辺?」
「わからない。わからないけれど、いつもと違った。ジオンが剣を持っていた。斬りつけてきたの……」
「ジオンが?」
「わからない!」
――今日は機嫌が悪かった。
……仕方ない。
昼間聞いた馬番の子供の泣き声が、耳に残ってしまったのか、ミヒは、あれからずいぶん気が立っていた。
チホは、息をつく。
どんなに、ミヒが荒れようとも、それは、自分にもいくらか非がある。
だが、どうしても、夢を見ておびえるのかがわからない。
なぜ、夢ごときで、ここまでうなされるのだろう……。
夜は静かにふけていく。しかし、ミヒは、いつまでも震えていた。
それからというもの、ミヒは毎晩うなされた。
「あぁぁ!」
「ミヒ!大丈夫か?」
何かにとりつかれたかのように、ぐったりと崩れる姿。
「ジオンが、ジオンが!」
「どうした?」
思いが声にならないようで、ミヒはただチホにしがみつく。
その姿は、何かから逃れているように見えた。
「怖い夢だったんだね?」
チホは、震えるミヒの頭をゆっくりとなでてやり、彼女の息が整うのを待つ。
「私……斬られたの……」
「夢だ。大丈夫」
「従者がいた……」
喉を振り絞り、ミヒは呻く。
「従者?」
「ええ、若い男が……」
「そうか……守ってくれたんだね?」
チホは、さらにミヒを抱きしめ、心配しなくてもいいと声をかけてやる。
……いったい。
何が、これほどまでにミヒを苦しめるのか。
チホは焦れた。
ついに――。
夜が怖いとミヒは言い始める。
眠ると、夢を見ると刃が襲ってくるのだと、おびえきった――。
「私がいる」
彼女の体を包み込むかのように、チホは腕を回した。
ミヒは、びくりと体を波打たせ、ややもするとチホを受けつけない素振りを見せた。
「ん?夢の中では、若い男が守ってくれるのだろう?美男なのかい?」
ふざけるチホの言葉に、ミヒは少しばかり眉をひそめたが、何を思ったのかポツリと呟く。
「……かばってくれるの」
「そうか」
「ええ……私の従者……たぶん。……私……キルって……キルって呼んでいた」
「キルだって?!」
「……ええ」
「ミヒ、確かなんだね」
チホが、驚きの声をあげ、見つめてくる。
この態度に、言ってはいならないことを口走ったかと、ミヒは身構えた。
「……でも……それは夢ですもの」
言い訳のような事を言ってみるが、チホの責め立ててくるような視線は変わらない。