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「エミール、お前は死にたい訳ではない。まだ生きられるなら生きて……俺たちと過ごしたいはずだ」
エミールは隠していたい想いを言葉にされて決意が揺らいだように目を逸らす。
「ダリルっ! わたしも使ってねっ! ビリー……ちゃんと見ててね?」
「うん? 僕はいつでもミーナを見ているよ?」
「ありがとう。本当に……ありがとねっ!」
ミーナも、ありがたい事だ。思えば彼女は初めから、再誕を願った時からこの時を分かっていたんだ。いつかは還るその時が来ることを。
寿命ではない、存在しないはずの自分を構成していたものが何か分かっているから、バレッタの様に俺の純粋なチカラで生まれたなら残ることも出来ただろうが、封印の中でその役目を果たしたみんなが還ったように、無理やり残ってても全てが終わったというなら……。
「ダリルよ。封印が解けて取り戻したこの面々のチカラを使うということかの。それは……それならいけるであろうが、しかし……」
「ああ、それならいけるのさ。俺に足りないもの全てを埋められるこいつらがいるなら」
俺の全てを足して、恐らくは。
「ダリルさんがやるなら、手伝うっすよっ!」
みんな一様に俺にチカラを貸してくれる。何をするかなんて聞かない。ここにいるエミールを助けるため、それだけで惜しみなく貸してくれる。
「この借りは、デカそうだな」
「そう思うんやったら、すぐに返してくれてええんやで! 具体的には、妻にしてくれれば!」
「何言ってんすかっ? この人魚はっ! またぐるぐる巻きにされて海に返されればいいっす!」
なんだかんだでみんな、いいやつばかりだな。
「お父さん! マイも……マイも、一緒だから!」
「そうか……また、散歩しような」
「うん! もうずっと一緒だからね! いっぱい遊んでよ?」
「ああ、約束だ。マイ、これから魔術を行使する。離れていてくれ……」
俺は──願いを叶えるために呼ばれた。どれだけの月日を過ごしたかわからない。あの殆ど時間の動かない街で、青年から中年になるくらいには生きてきた。その中でイベントなんてのはこいつらとの関わりくらいではあったが、永い時間だったと思う。
そして、俺が真神希墨として叶える最後の願いがエミールだから。それがこの世界の摂理を無視しているとしても、ここに集まったチカラはそれを可能としている。
絶望を越えた剣士。
憧れを成就させたエルフ。
目標を成し得た巨人。
家族を守れたドワーフ。
愛を知った巫女。
不向きを凌駕してみせたウサギ。
海の恋愛脳の人魚。
その存在を変えた奴隷。
寂しさを埋めた山の神。
そして、消え去る運命を変えたキツネ。
死ぬ運命を変えるくらいのこと、出来そうじゃないか。
なにも不老不死なんて欲しているわけじゃない。死ぬ運命を少し──具体的には100年くらいか?ホビットの平均寿命は知らないがそれくらい後回しにしてくれって、運命の神がいるならそいつにお願いして聞かせるだけのことなんだから。
俺も神なんだろ? ちょっとだけ……融通を利かせてくれよ。
その代償として、神の命なら、間に合うと思うんだよ。
「みんな、ありがとうな」
世界が光に包まれる。暖かな光は世界ではなく俺を包んでいて、これがミーナたちも見た景色なのかなとそう思って、なら俺のことも忘れてくれるよな、と。
マイも人魚も、みんなも……。約束……守れないと分かってて、ごめんな。
俺は久方ぶりに、そんなことを思う心に素直に驚き、最期にそう思えた自分が嬉しい。
このスキルに名前はあるのだろうか。みんなをたぶらかし、偽りの心を植え付けそばに置いてきたのが“慈愛”ならば、俺の命で大切なものの命を繋ぐ奇跡は“贖罪”とでも呼ぼうか。
かすむ世界で、俺はその存在を消していくことだろう。その時間は俺の体感しているそれよりもずっと短く、存在が消えるということ自体が、ここにいる誰にとっても俺のことを忘れさせて、悲しませることもない。
エミール、バレッタ……生きて、ほしい。
俺の存在が消えるその直前に、うさ耳が手を握ってきた。
もはや俺が誰なのかも分かりはしないだろうに。
真っ直ぐに俺を見つめるその瞳には俺はもう光の粒となって映っていなかった。