『美空愛育園』を後にした一樹は、30分後都心にあるビルの中にいた。
ビルの名は『TDビルディング』。このビルは藤堂組が所有している。
そして一樹が今いる場所は『藤城(ふじしろ)コーポレーション』。藤堂組の『藤』と円城寺の『城』を組み合わせた名前の会社だ。
つまりこの会社は藤堂組が経営していた。
一樹はこの『藤城コーポレーション』で社長業をしている。
昨今ヤクザの稼業はこうした会社組織にしているところがほとんどだ。
昔のように的屋や賭博、みかじめ料などで収入を得る時代はとうの昔に終わってしまった。
警察の取り締まりがきつくなった今ヤクザが収入を得る方法は時代と共に変革を遂げ、今では一般企業と同じように様々な事業に手を出している。
そんな中、藤堂組は指定暴力団の中でも地元に密着した歴史ある団体なので、あまりあくどい事はしていない。
最近ニュースを賑わせているオレオレ詐欺や『トクリュウ』と呼ばれる匿名・流動型犯罪等には一切加担していないので、暴力団の中でも割とおとなしい方だ。
元々藤堂組は博徒系暴力団の流れを組み、その後的屋系へと幅を広げていったので地元住民たちとの交流が厚い。
藤堂組のトップは代々地域密着型を第一に考える組長だったので、その流れは今でも守られていた。
だから地元の祭りやイベントなどには今でも的屋を出している。あまり収益にはならないがあえて参加するようにしていた。
藤堂組が行っている事業は、不動産業、建設業、貸金や投資などの金融業や飲食店経営、そしてクラブやキャバクラ、アダルトビデオサイトの運営やラブホテルの経営など多岐に渡る。
一樹が取りまとめる『藤城コーポレーション』は、アダルトビデオサイト運営やラブホテル経営、貸金業を主軸としている。中でも金融業では、優秀なトレーダーをスカウトして仮想通貨の取引等も行っていた。ビル内には設備が整った立派なトレードルームもある。
そんな一樹の会社は、藤堂組傘下の会社の中でもかなりの収益率を誇っていた。
ヤクザがバックにいる会社だが、社内には映画に出てくるようなチンピラや強面の屈強な男はほとんどいない。
接客や外回りがある社員はスーツを、それ以外はカジュアルなスタイルで働いている。
若い世代は茶髪やピアスをした者が多いが、今時の若者とはなんら変わりはない。
まあ一般の会社と違うところと言えば、挨拶の声がやたらと大きい事と目力のある若者が多い事くらいだろうか?
だから社内はいつも活気に満ちていた。
一樹が会社に戻ると組員たちが次々と声をかける。
「東条さん帰りなさい」
「お疲れ様っす」
「ただいま。特に変わった事はなかったか?」
「はい、特に問題ないです」
「そうか、じゃあ俺ちょっと電話してくるわ」
一樹はそう言い残してから社長室へ向かった。
社長室に入ると上着を脱ぎ、デスク前に座り電話をかけ始める。
一樹が電話をかけているのはAV女優のプロダクション『ウィステリアエージェンシー』だった。
電話は2コールで繋がった。
「お疲れー、東条だけど…」
「あ、東条さんお疲れ様っす。今日は撮影現場へ来ていただいたそうでありがとうございました」
「忙しい所を邪魔して悪かったね。今社長いる?」
「あ、はい、ちょっとお待ち下さい」
しばらくすると社長の山寺(やまでら)が電話口に出た。
「東条さん、お疲れ様です。今日はご足労いただきありがとうございました」
「ん、こちらこそ忙しい中悪かったね。で、ちょっと頼みがあるんだけど」
「は? なんでしょうか?」
「今日現場にいたAV女優の履歴書ってある?」
「あ、新人の渚のですか? はい、ありますが……何か問題でも?」
「いや、ちょっと目を通しておこうと思ってね。悪いけどファックスしてもらってもいいかな?」
「わかりました。あ、あと、面談の時の記録も見ますか?」
「記録残ってるの?」
「はい、うちは会話の内容を全部記録してあるんで。後々トラブルになったら困りますからね」
「しっかりしてるなぁ…じゃあそれも頼むよ」
「わかりました。すぐに送ります」
そして5分後、若い組員がファックスを持って来た。
「ありがとう」
一樹はファックスを受け取るとすぐに目を通す。
(本名は長谷部……)
そこで一樹の眉がピクリと動く。
(長谷部……楓か……)
次に一樹は学歴や職歴をチェックしていく。
最終学歴は都立の商業高校卒。商業高校なので資格の欄には簿記やパソコン等の資格がいくつも並んでいた。
そして職歴を見ると現在はビジネスホテルで働いていると記載されている。
更に趣味の欄には『ピアノ、読書』と書いてあった。
(施設上がりでピアノが弾けるのか?)
一樹は不思議に思いつつ、今度は面談の記録を見ていく。
そこには監督から聞いた通り、兄の紹介でプロダクションに面談に来たと書いてあった。
(マジだったのか……)
更に記録を見ていくと女に借金はないようだ。そして出演料の使い道の欄を見ると『学費』と書かれてある。
(学費?)
大学に行く為に短期で高額稼げるAVの世界へ入ったのだろうか?
(でもなぜそんな仕事を兄が紹介するんだ?)
なんとなく腑に落ちない。
そこで一樹は立ち上がるとドアを開けてヤスを呼んだ。
「おいっ、ヤスッ、いるかっ?」
「いまーすっ、今行きますっ」
ヤスが部屋に入って来ると一樹はファックスを渡した。
「山崎さんの興信所へ行ってこの女の事を調べてもらってくれ。女だけじゃなく兄貴の事もだ。どんな小さな事でもいい」
ヤスは渡されたファックスを見て驚く。
「この女……さっきの……」
「そうだ。なるべく早く頼む」
「わかりました。じゃあ今から行ってきます」
「頼むよ」
ヤスが部屋を出て行くと、一樹は何かを考えながら窓の外をじっと見つめた。
コメント
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兄貴がヤバいことに手を出し .妹を裏組織に売ったのだと思うと....💢 早く兄妹のことを調べあげて、楓ちゃんを救ってあげてください🙏
何が始まるんだろう? ワクワクして来たー! きっと兄がやばい事してるのかな? でも、そのせいでだったら許せん💢 一樹さん、助けてあげて!
何々!楽しくなってきた!2人に繋がる何かがあるの!楽しみ