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第8話 マッターホルンクライム
登場人物
遠野カケル
十八歳のピークランナー。
短く切った茶色の髪は少し跳ねており、黄緑の競技ジャケットと灰色の競技パンツを着用している。
細身ながら脚は引き締まり、腰には補給水、緊急発信器、安全装備を装着。
胸のゼッケンは十九番。
桐谷ソウマ
二十歳のピークランナー。
短い灰色の髪を立たせ、黄色の競技ジャケットを着ている。
カケルより少し背が高く、肩から脚までしっかり鍛えられている。
胸のゼッケンは十五番。
久瀬リョウ
二十六歳の人気ピークランナー。
灰色の短髪に鋭い目つき。
紫の競技ウェアと薄手の登山グローブを身につけている。
海外遠征にも慣れており、岩場を前にしても表情をほとんど変えない。
胸のゼッケンは六番。
牧原セナ
二十二歳のピークランナー。
茶色の髪を短いポニーテールにまとめ、緑とベージュを組み合わせた競技ウェアを着ている。
小柄で身軽な体格。
胸のゼッケンは二十五番。
志戸ユウ
二十四歳のピークランナー。
短い茶色の髪と細い目が特徴。
灰色と緑を組み合わせた競技ウェアを着用している。
小柄な体格を生かし、狭い岩場や細い経路を得意とする。
胸のゼッケンは十二番。
ジャバリ・ムテサ
二十七歳のピークランナー。
短く刈り込んだ髪に、引き締まった長身。
緑と黄色を組み合わせた競技ウェアを着用している。
キリマンジャロクライム三度の優勝経験を持つ。
胸のゼッケンは四番。
エリアス・フォーゲル
二十五歳のピークランナー。
明るい茶色の短髪と長い手足が特徴。
灰色と黄緑を組み合わせた競技ウェアを着ている。
欧州の岩場型クライムを得意とし、モビリティ操作にも優れる。
胸のゼッケンは二番。
ルーカス・ベルナー
二十八歳のピークランナー。
短い茶色の髪と細身ながら筋肉のついた体格。
ベージュと紫を組み合わせた競技ウェアに、岩場用の厚いグローブを着用している。
マッターホルンクライム二度の優勝者。
胸のゼッケンは一番。
峰岸タクト
三十四歳の実況担当。
柔らかく整えた茶色の髪に緑の中継ジャケットを着ている。
細いフレームの眼鏡をかけ、日本向け実況席で大量のコース映像を見比べている。
春木ミナ
三十二歳の解説担当で、元ピークランナー。
肩まで伸びた灰色がかった髪を後ろで束ね、ベージュのジャケットを着ている。
手元には岩場区間ごとの難度とモビリティ使用可能地点が記された資料を置いている。
◆
午前六時。
カケルは山を見上げた。
しばらく何も言わなかった。
隣のソウマも同じだった。
やがて。
「……あそこ?」
「たぶん」
「本当に?」
「大会名がマッターホルンだから」
「そうだけど」
二人はもう一度見上げる。
今までの山とは違う。
遠くからでも分かる。
急。
岩。
尖った輪郭。
走るという言葉が似合わない。
カケルは首を傾けた。
「これ、クライムだよね?」
「クライム」
「登山大会じゃなくて?」
「登峰競走」
「モビリティどこで乗るの?」
「俺に聞くな」
後ろから笑い声。
久瀬だった。
「二人とも同じこと言ってるな」
カケルが振り返る。
「久瀬さん、出たことあります?」
「一回」
「どうでした?」
久瀬は少し考えた。
「モビリティを探してるうちに負ける」
「え?」
「行けば分かる」
またそれだ。
カケルは山を見る。
キリマンジャロでは、環境の違いに驚いた。
今日はもっと単純だった。
道が。
険しい。
午前六時四十分。
モビリティ展示区画。
カケルは機体を見て、さらに困った。
「小さくない?」
並んでいる機体の多くが小型だった。
一輪。
二輪。
細身四輪。
中には、ほとんど板に車輪をつけただけに見えるものまである。
大型機がほとんどない。
ソウマが一台を持ち上げる。
「軽っ」
志戸が隣から機体を見る。
「担ぐ前提かも」
「乗り物を?」
「乗れないところが多いんじゃない?」
現地スタッフが説明を始める。
翻訳イヤホンから音声。
岩場対応軽量機です。
使用可能区間が短いため、乗車時間より携行時間が長くなる場合があります。
カケルが固まる。
「乗車時間より?」
ソウマが持っていた機体を戻す。
「もう歩こうかな」
別の場所。
エリアスが小型二輪を確認していた。
カケルが近づく。
「これ使う?」
翻訳。
もちろん。
「どこで?」
使えるところ。
「それが分からない」
エリアスが笑う。
それを見つける競技。
カケルは機体を見る。
速いものを取る。
性能の高いものを取る。
そういう大会ではなさそうだった。
午前七時十分。
大型画面が点灯。
観客席から歓声が上がった。
さあ!
世界登峰競走シリーズ!
本日の舞台はマッターホルンクライム!
世界シリーズでも屈指の高難度!
岩!
急斜面!
狭路!
そして極端に短いモビリティ使用区間!
ピークランナーの登山技術と瞬間判断が問われます!
大型画面。
コース映像。
カケルが目を細める。
岩場。
岩場。
少し平ら。
また岩場。
急登。
短い舗装区間。
また岩。
「どこ走るの?」
ソウマが呟く。
実況が続く。
もちろん競技は安全設備を備えた専用経路で行われます!
危険区域への進入は禁止!
転落防止設備!
競技用固定ロープ!
監視員!
救護地点!
各地点に安全設備が配置されています!
ただし!
安全設備があることと簡単であることは別問題!
一度の判断ミスで大きく順位を落とします!
オッズ。
一番 ルーカス・ベルナー 3.1倍。
二番 エリアス・フォーゲル 4.8倍。
四番 ジャバリ・ムテサ 6.5倍。
六番 久瀬リョウ 8.2倍。
十二番 志戸ユウ 10.6倍。
十九番 遠野カケル 11.4倍。
十五番 桐谷ソウマ 14.8倍。
二十五番 牧原セナ 18.3倍。
カケルが数字を見る。
「十一倍」
ソウマが肩を回す。
「キリマンジャロより上がった」
「二着だったからかな」
「写真の人だから」
「そっちじゃない」
大型画面にルーカスが映る。
マッターホルンクライム二度の覇者!
一番、ルーカス・ベルナー!
このコースを知り尽くした岩場のスペシャリスト!
ルーカスは軽く手を上げる。
観客席が沸いた。
カケルが見る。
「また地元に強い人いる」
久瀬が隣で笑う。
「世界へ出たら、どこにでもいる」
「倒しても次がいる」
「そういうこと」
「終わらないですね」
「だから世界シリーズなんだよ」
午前七時三十分。
スタート位置。
四十二人。
キリマンジャロより少ない。
だが理由は簡単だった。
参加条件が厳しい。
本大会は世界シリーズの中でも特別参加基準を設定!
指定された岩場型クライムの完走実績!
安全技術試験!
高所対応資格!
すべてを満たしたピークランナーのみが出走できます!
速いだけでは、このスタート地点にも立てません!
カケルが手袋を締める。
周囲を見る。
ルーカス。
エリアス。
ジャバリ。
久瀬。
志戸。
ソウマ。
セナ。
全員。
表情が違う。
ふざけている選手はいない。
五。
カケルが前を見る。
四。
岩場。
三。
最初から急だ。
二。
息を吐く。
一。
号砲。
マッターホルンクライム、スタート!
四十二人が飛び出す。
最初の三百メートルだけは走れる。
カケルが前へ。
十位。
八位。
六位。
速い。
ルーカスが先頭。
エリアス。
志戸。
久瀬。
カケル。
第一岩場!
早くも登山技術区間!
選手たちが一斉に速度を落とす。
走らない。
手を使う。
足を置く。
登る。
カケルも岩へ手をかけた。
一段。
二段。
右足。
左手。
上。
前の選手が少し止まる。
抜けない。
狭い。
別のライン。
カケルが右を見る。
岩。
通れる。
身体を横へ。
登る。
一人抜く。
五位。
十九番、遠野!
別ラインを選択!
岩場では単純な脚力だけではありません!
どこへ手を置くか!
どこへ足を置くか!
どのラインが空いているか!
数秒先を読み続けます!
カケルが上を見る。
ルーカス。
速い。
走っているわけではない。
なのに。
止まらない。
手。
足。
手。
足。
迷いがない。
「速い……」
志戸が横。
「見てると遅れる」
「分かってる!」
二人で登る。
第一モビリティステーション。
カケルが目を丸くする。
「もう?」
目の前。
平らな道。
でも短い。
三百五十メートル!
本大会最初のモビリティ区間!
わずか三百五十メートル!
ここで乗るか!
そのまま走るか!
ルーカス。
乗らない。
エリアス。
乗る。
志戸。
乗らない。
久瀬。
乗る。
カケル。
迷う。
ソウマが後ろから来る。
「乗る!」
小型二輪へ。
発進。
一気に抜く。
カケルも取る。
乗る。
加速。
速い。
ルーカスを抜く。
一瞬。
先頭。
十九番、遠野!
モビリティで先頭!
しかし!
もう終点です!
「短っ!」
カケルが飛び降りる。
機体を乗り捨てる。
次の岩場。
ルーカスが後ろから来る。
カケルは機体から降りた直後。
姿勢を整える。
その数秒。
ルーカスはそのまま岩へ。
抜かれる。
一番、ルーカス!
乗らなかった!
乗降時間を考えれば徒歩の方が速かった!
カケルが苦笑する。
「本当に短い」
ソウマも後ろ。
「乗らなきゃよかった!」
「俺も!」
二人が岩へ。
第二岩場。
今度はさらに急。
固定ロープ。
カケルが掴む。
腕だけで引かない。
脚。
身体を上へ。
久瀬が横。
「腕使いすぎるな」
「はい!」
「後半なくなる」
カケルが足場を見る。
登る。
前。
セナ。
小柄な身体を生かして速い。
二十五番、牧原セナ!
狭い岩場で順位を上げています!
十七位スタートから現在七位!
セナが細い隙間を抜ける。
カケルも行こうとする。
肩が当たりそう。
やめる。
別ライン。
「俺は無理」
志戸が横から隙間へ。
するり。
「俺は行ける」
「ずるい!」
「体格」
志戸が前へ。
カケルは別の岩を登る。
競技開始から四十分。
順位。
一位、ルーカス。
二位、エリアス。
三位、志戸。
四位、久瀬。
五位、カケル。
六位、ジャバリ。
七位、セナ。
八位、ソウマ。
差は一分以内。
接戦!
誰も抜け出せません!
マッターホルンクライムは速度差が生まれにくい!
一つの岩!
一つの判断!
それだけで十秒、二十秒が動きます!
第二モビリティステーション。
今度は六百メートル。
カケルが機体を見る。
軽量二輪。
路面。
緩い登り。
その先。
また岩。
「乗る」
取る。
発進。
今回は速い。
エリアス。
久瀬も。
ルーカスは。
乗った。
「今回は乗るんだ」
カケルが追う。
三台。
四台。
高速。
六百メートル。
ルーカスが早めに減速。
カケルはさらに進む。
「まだ!」
終点直前。
ブレーキ。
降りる。
ルーカスはもう走っている。
カケルが機体を置く。
追う。
差。
三秒。
「早く降りた方が速い?」
ルーカスが振り返る。
翻訳。
降りる場所まで競技。
カケルが笑う。
「覚えます!」
岩場へ。
中盤。
道が細くなる。
一列。
抜けない。
先頭のルーカス。
エリアス。
カケル。
志戸。
久瀬。
ジャバリ。
ソウマ。
セナ。
前が詰まる。
一人の選手が足場を探している。
時間がかかる。
後ろも止まる。
カケルが右を見る。
別経路。
競技区域表示。
通れる。
ただし急。
「行く」
志戸が反応する。
「そっち?」
「待つより速い」
カケルが移る。
岩へ。
急。
手。
足。
身体を上げる。
一段。
二段。
滑る。
靴が少しずれる。
「っ!」
固定ロープを掴む。
止まる。
心臓が跳ねる。
安全区域内。
落ちてはいない。
でも。
一瞬。
怖い。
後ろから志戸。
「急ぐな」
カケルが呼吸。
足場を見る。
もう一度。
登る。
上。
成功。
前を見る。
ルーカスの横へ出た。
十九番、遠野!
難しい別経路を突破!
一気に先頭へ並びました!
ルーカスが横を見る。
翻訳。
いい選択。
「怖かったです!」
怖いなら正常。
二人が登る。
カケルが少し笑った。
怖くない方が危ない。
その言葉が頭へ残る。
残り五キロ。
まだ岩。
脚だけではない。
腕。
背中。
指。
全身が重い。
カケルが手を開く。
閉じる。
握力。
まだある。
久瀬が横へ。
「水」
カケルが腰を見る。
忘れていた。
飲む。
少し。
「ありがとうございます」
「ここは集中しすぎる」
カケルが頷く。
第三モビリティステーション。
わずか二百メートル。
カケルが見る。
通過。
十九番、乗らない!
学びました!
ソウマは。
乗った。
「ソウマ!」
「二百でも速い!」
発進。
一気に抜く。
一位。
「ほら!」
しかし終点。
降りる。
機体を置く。
カケルがその横を走る。
抜く。
「ほら!」
「一瞬一位だった!」
「意味ある?」
「ある!」
観客が笑う。
残り四キロ。
ここから大会最大の難所!
連続岩壁区間!
モビリティは使用できません!
完全な登山技術勝負!
ルーカスが前へ。
速い。
エリアスも。
志戸。
カケル。
ジャバリ。
久瀬。
六人。
ソウマとセナが少し後ろ。
カケルが岩へ。
手。
足。
上。
次。
迷う。
右か左。
ルーカスは左。
エリアスも。
志戸は右。
カケル。
右。
志戸を追う。
岩の形。
段差が小さい。
身体を上げやすい。
二人が加速。
ルーカスたちより高い位置へ。
十二番、志戸!
十九番、遠野!
別ラインが当たった!
一気に前!
志戸が先頭。
カケル二位。
ルーカス三位。
志戸が止まる。
目の前。
大きな段差。
「高い」
カケルが横を見る。
左。
少し遠回り。
でも段差が低い。
「俺、左」
志戸は大きな段差を見る。
「俺はこっち」
別れる。
志戸が腕を使って身体を上げる。
速い。
カケルは左へ。
三歩余計。
でも安定。
上。
ほぼ同時。
「同じ!」
カケルが笑う。
志戸も。
「次で決める」
二人が前へ。
残り三キロ。
風が強くなる。
安全装備が身体へ触れる。
カケルは姿勢を低くする。
ルーカスが追いつく。
エリアスも。
ジャバリ。
久瀬。
また六人。
順位が変わらない。
誰かが前へ出る。
岩一つで戻る。
また別の誰か。
その繰り返し。
実況の声が高くなる。
信じられません!
残り三キロで上位六名が十五秒以内!
マッターホルンクライム史でも珍しい大接戦!
誰が勝つ!
ルーカスか!
エリアスか!
ジャバリか!
久瀬か!
志戸か!
それとも遠野か!
残り二キロ。
最後のモビリティステーション。
並ぶ機体。
軽量一輪型。
使用可能距離。
四百八十メートル。
カケルが見る。
道。
比較的平ら。
最後は急な岩場。
乗る。
ルーカスも。
エリアス。
久瀬。
志戸。
ジャバリ。
全員乗った!
ここは使う!
上位六名が一斉にモビリティ!
発進。
カケルが加速。
一輪。
バランス。
身体を前へ。
速い。
エリアスが得意。
一気に前。
ルーカスが追う。
カケル三位。
志戸。
久瀬。
ジャバリ。
四百メートル。
三百。
二百。
カケルが速度を落とす。
まだ終点まで八十。
降りる。
十九番、早い!
遠野が先に降りた!
走る。
エリアスたちはまだ乗る。
終点。
ブレーキ。
降りる。
その間。
カケルが前へ。
先頭。
十九番!
八十メートルを捨てた!
最高速度ではなく、次の岩場への接続を取りました!
カケルが岩へ。
手。
足。
登る。
後ろ。
ルーカス。
すぐ来る。
「やっぱり速い!」
翻訳。
覚えたね。
「何回も失敗したので!」
二人。
さらに志戸。
三人。
エリアス。
久瀬。
ジャバリ。
六人。
残り一キロ。
ここから完全徒歩!
最後の岩場!
ゴールまでモビリティはありません!
観客の歓声が聞こえる。
遠く。
山頂側の競技ゴールエリア。
カケルの腕が震える。
脚も重い。
ルーカス。
まだ速い。
志戸。
身軽。
エリアス。
長い手足で大きな段差を越える。
ジャバリ。
一定。
久瀬。
乱れない。
誰も落ちない。
誰も離れない。
残り七百。
ルーカスが一歩前。
カケルが追う。
岩。
手。
足。
次。
残り五百。
志戸が横へ。
「写真になるかも」
「やめて」
「七回やってる」
「今日は離す!」
「毎回言ってる」
カケルが前へ。
ルーカスへ並ぶ。
残り四百。
最後の大岩場。
高さ。
複数ライン。
ルーカスは中央。
志戸は右。
エリアス左。
カケル。
一瞬迷う。
中央。
ルーカスを追う。
手。
足。
ルーカスと同じ場所。
ルーカスが一段上。
カケルが追う。
腕。
脚。
上。
二人並ぶ。
残り三百!
一番ルーカス!
十九番遠野!
十二番志戸!
三番エリアス!
六番久瀬!
四番ジャバリ!
六人!
カケルが岩場を抜ける。
最後。
走れる。
狭いが平ら。
ゴールが見える。
「走れる!」
カケルが加速。
ルーカスも。
志戸。
エリアス。
久瀬。
ジャバリ。
全員走る。
残り二百!
十九番、遠野!
ここで先頭!
カケルが前。
一メートル。
二メートル。
「離した!」
ルーカスが追う。
速い。
志戸も。
残り百!
遠野!
ルーカス!
志戸!
三人!
カケルが腕を振る。
脚。
重い。
でも走る。
残り五十!
ルーカスが並ぶ。
「また!」
カケルが加速。
志戸も来る。
三十!
三人横並び!
二十!
十九番!
一番!
十二番!
十!
カケルが身体を前へ。
ルーカスも。
志戸も。
五!
三人。
ゴール。
花火が上がった。
歓声。
カケルは止まれない。
数歩。
膝をつく。
そのまま座り込む。
ルーカスも地面へ手を置く。
志戸は仰向けに倒れた。
エリアス。
久瀬。
ジャバリ。
続けてゴール。
実況が叫ぶ。
写真判定!
三人です!
マッターホルンクライム!
最後は三人の写真判定!
一番ルーカス!
十二番志戸!
十九番遠野!
カケルが両手で顔を覆う。
「また!」
ソウマが遅れてゴール。
「八回連続!」
「数えなくていい!」
志戸が寝たまま笑う。
「離すって言ってた」
「二メートル離した!」
「途中だけ」
「途中でも離した!」
大型画面。
ゴール映像。
三人。
拡大。
胸。
肩。
身体。
判定線。
さらに拡大。
観客が静かになる。
カケルが立ち上がる。
画面を見る。
ルーカスも。
志戸も。
一着。
十九番。
遠野カケル。
カケルの目が止まる。
二着。
一番。
ルーカス・ベルナー。
三着。
十二番。
志戸ユウ。
差。
一着と二着。
一センチ。
二着と三着。
三センチ。
判定!
一着!
十九番!
遠野カケル!
カケルが動かない。
ソウマが横を見る。
「勝った」
「……え?」
「勝った!」
カケルが大型画面を見る。
一着。
十九番。
遠野カケル。
「勝った?」
久瀬が笑う。
「勝ったよ」
カケルが両腕を上げた。
「勝った!」
歓声。
花火。
日本向け実況も叫ぶ。
八戦目!
ついに!
遠野カケル!
世界シリーズ初優勝!
しかも舞台は超高難度!
マッターホルンクライム!
一センチ!
一センチで世界の強豪を破りました!
カケルが笑う。
息が苦しい。
腕も痛い。
脚も動かない。
それでも笑う。
ソウマが肩を叩く。
「結局センチ」
「今日はいい!」
「一センチ」
「勝ったからいい!」
ルーカスが近づく。
手を出す。
カケルが握る。
翻訳。
一センチ。
「はい」
次は二センチ取り返す。
カケルが笑う。
「俺は一メートル離します」
志戸も起き上がる。
「また言ってる」
三人が笑った。
確定順位です!
一着、十九番、遠野カケル!
二着、一番、ルーカス・ベルナー!
三着、十二番、志戸ユウ!
四着、三番、エリアス・フォーゲル!
五着、六番、久瀬リョウ!
六着、四番、ジャバリ・ムテサ!
七着、十五番、桐谷ソウマ!
八着、二十五番、牧原セナ!
大型画面が切り替わる。
そして日本向け払戻金です!
単勝 19番 1,140円
複勝 19番 310円
複勝 1番 140円
複勝 12番 270円
二人順位・順不同 1-19 1,980円
二人順位・着順指定 19→1 4,860円
三人順位・順不同 1-12-19 5,740円
三人順位・着順指定 19→1→12 24,920円
三人順位の着順指定!
十九番、一番、十二番!
百円分の投票に対し、払戻金は二万四千九百二十円です!
日本向け観戦会場の映像。
大勢の観客が立ち上がっている。
カケルは大型画面を見る。
富士で二センチ負けた。
キリマンジャロで五センチ負けた。
そして。
マッターホルン。
一センチ。
勝った。
実況が続く。
今日の勝因は最高速度ではありません!
最も高性能なモビリティでもありません!
岩場でのライン!
乗る場所!
降りる場所!
待つか!
抜くか!
危険を取らずに速さを作れるか!
何十回もの小さな判断!
その積み重ねが最後の一センチを作りました!
大型画面。
第一モビリティ区間。
乗って失敗。
第二区間。
早めに降りる。
急な別経路。
足を滑らせる。
止まる。
呼吸。
また登る。
二百メートル区間では乗らない。
最後のモビリティでは八十メートル手前で降りる。
そしてゴール。
一センチ。
カケルが映像を見る。
一つ違えば。
負けていた。
一秒迷えば。
負けていた。
一度無理をすれば。
完走すらできなかったかもしれない。
表彰エリア。
中央。
カケル。
初めて世界シリーズの中央へ立つ。
右にルーカス。
左に志戸。
観客席から名前。
遠野。
カケル。
十九。
日本の旗を持った観客もいる。
現地の観客もいる。
他地域から来た人もいる。
カケルが手を上げる。
大歓声。
マッターホルンクライム!
勝者!
十九番!
遠野カケル!
登峰競走世界シリーズ!
新しい勝者の誕生です!
カケルが山を見る。
高尾で始まった。
筑波。
大山。
阿蘇。
八ヶ岳。
富士。
キリマンジャロ。
そして。
マッターホルン。
一つ登るたび。
知らないことが出てきた。
モビリティ。
天候。
路面。
体力。
高度。
文化。
世界の選手。
そして今日は。
岩。
走るだけでは勝てない場所。
乗るだけでも勝てない場所。
登る。
考える。
選ぶ。
最後だけ。
走る。
全部。
登峰競走だった。
表彰後。
ソウマがカケルの横を歩く。
「世界シリーズ優勝者」
「まだ一回」
「写真判定八回」
「そっちは言わなくていい」
「一勝七敗?」
カケルが止まる。
「写真判定だけ数えたら?」
「そう」
「急に弱く見える」
「でも今日勝った」
「うん」
カケルが少し笑う。
「勝った」
セナが後ろから来る。
「ご飯行く?」
「行く」
「また何か分からない料理?」
「今度は調べる」
志戸が追いつく。
「一センチ祝い」
「もっと大きく祝って」
久瀬も。
ジャバリも。
エリアスも。
ルーカスも。
いつの間にか同じ方向へ歩いている。
国も違う。
得意な山も違う。
話す言葉も違う。
でも。
次の大会では。
また競う。
ルーカスがカケルを見る。
翻訳。
次はどこ?
カケルは大型表示を見る。
次戦の開催地。
まだ知らない山。
また違うコース。
「どこでも」
ソウマが横で笑う。
「またそれ?」
カケルは頷いた。
今日。
世界で一度勝った。
だからこそ。
分かった。
一度勝ったくらいでは。
世界の山は終わらない。
遠くの競技会場から、最後の花火が上がった。
その音を背中で聞きながら。
八人のピークランナーは、次の山の話を始めていた。
羽海汐遠
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コメント
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マッターホルン、まさかの岩場オンリーのクライムだったんですね…!カケルがモビリティの乗り降りで試行錯誤する姿が印象的でした。特に最後の八十メートル手前で降りる判断、あれで勝負が決まったんだなって。そしてまた写真判定…今度こそ1センチで勝てて、本当に良かったです。富士とキリマンジャロで負けた分、ここで取り返せたのが胸熱でした。ルーカスとのやりとりも好きです。次の山も楽しみにしてます☺️