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中学校は夏休みに入り、フリースクールも同じタイミングで始まった。
「おはよう。沙良ちゃん」
「おはよう…ございます」
「今日からよろしくお願いします。沙良、頑張ってね」
沙良ちゃんのお母さんが手を振る。沙良ちゃんは不安があるのか、筋肉が硬くなっているのが見て取れた。
「今日は全員が来てくれたんだ。これから1時間目が始まるよ」
「う、うん」
まずは居心地のいい場所と思えるようにする。それが私のミッションだ。
「じゃあ個人で自習ね。教科はなんでもいいから、分からないことがあったら遠慮なく聞いてね〜。個室もあるし、みんなと勉強してもいいから」
返事はない。声が出ないのだろう。
無理もない。初めての環境なら声が出なくて当たり前だ。
1時間目が始まり、5人が個室へ行った。残った3人はワークとにらめっこをしている。
「じゃあ私は仕事してるけど、いつでも話しかけていいからね」
「あ、あの…しおり先生」
「なぁに?武流くん」
「これ、わかりますか」
ワークの問題に指を指しながら聞く。その勇気を出したであろう姿に思わず笑みがこぼれた。
「えぇっとねえ…一次方程式っていうのは〜」
大体1時間目の半分の時間がすぎた時、全員の集中力が続いていないのが何となくわかった。個室にいる子たちも、おそらく何もできていない。
約30分で切れる集中力は、授業を受ける気力も学校に行く気力さえも奪ってしまうのだろうか…と、ふと考えた。しかし、30分も頑張ってくれたのならそれでいい。少しずつ伸ばしていけばいいだけなのだ。それに、この子達の集中力は短い分、深い。
「じゃあ最後にこれ、解いてみて」
広間にいた3人にプリントを渡す。そして、個室にいた子達にもそれぞれに渡す。全員が口を揃えて言った。
『迷路?』
「うん。途中で簡単な計算があるよ。どっちに行けばゴールに着くか、頑張ってね」
「でも…迷路なんて普通にやればゴールにたどり着くんじゃ」
「ふっふっふっ…ゴールの数を見てごらん」
私の言葉を聞き、ゴールに目を向ける。
「ゴールが沢山あるでしょう?その中の一つが正しいゴール。休憩時間になったら見せてね。もしかしたらおやつが貰えちゃったりしてねぇ」
最初は全員が戸惑い、警戒し、やる気を見せなかった。
でも、解いていくうちにハマっていき、やがてその集中力は持続的になっていく。
「休憩時間だよ〜。縁側に出てお茶しよう!」
「縁側?」
縁側に興味を持った子供を見て、早速案内をする。広間のもうひとつ奥。ふすまを開ければそこに広がるのは…。
「す、すごい…!」
「いいでしょ〜。今日はちょっと暑いけど、風鈴で少しでも涼しくね」
そう言いながら、生徒たちを座るように促す。音楽をかけ、お茶を出し、クッキーを取り出した。
「はい。1人1つ。全員迷路を抜けられたからね」
「でも先生、計算簡単でしたよ?」
「そうそう。引き算とか掛け算ばっかり」
そう言ってクッキーを頬張りながらこっちを向く。その表情が可愛くて、思わず笑ってしまった。
「いいの。レベルが何であれ、計算したっていう事実が大切なんだから」