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るるくらげ
いと
#和風ファンタジー
俺は自分が導き出したロジックは、間違いないと思っていた。
——板垣という男。やはり紗羅のストーカーだ。
そう結論づけていた。
板垣がストーカーなら、紗羅が助かった後も、板垣は紗羅自身に危害を与えるだろう。
間違いないと思った俺は、板垣の魂を刈り取ればいいと思った。
板垣の罪は何になる?
残りの大罪は、嫉妬と強欲。
強欲に値するのか?
いや、違う。
ストーカーは紗羅の幸せ、逗子さんとの未来を妬む。
それは嫉妬の罪に値する。
じゃあ、残りの強欲は誰だ。
俺は鏡の壁を見る。
映し出されているのは、鏡の迷路に立ち竦む俺。
紗羅を助ける為に、自分が関わった教師、同級生、友人、愛した女の魂を取った。
今度は紗羅の妨害をするだろうと、見ず知らずの男の魂を取ろうとしている。
人間なのに、俺は死神になっていく。
紗羅を生かす為、俺のしていることは強欲に値するのでは……?
「ハッ……ハハハ」
俺は鏡に映る自分から目を背けると、顔を下に向けて無力な笑いを溢した。
だからといって、このまま紗羅を死なせるわけにはいかない。
紗羅は生きて、幸せになるんだ。
その為なら、俺は何でもする。
板垣の魂が嫉妬なら、俺の魂は強欲。
これで七つの魂は揃う。
俺は顔をあげた。
俺が顔を上げると、目の前に扉が現れた。
この扉は未来の扉だ。
俺はドアノブに手をかけたが……一瞬だけ、動きを止めた。
グリムが言った——
『樹が未来の扉を開ける前に、人名本が必要と思った時はいつでも呼べ』
その言葉が頭に浮かんだが、俺は首を横に振った。
——板垣の事を詳しく知ってしまうより、知らない方がいい。
人柄を知っても、情が湧かないでいられる自信がなかった。
見ず知らずの人間だと、割り切りたいと思った俺は、未来の扉を開けた。
——
オフィスから帰ろうとした社員の一人が、声をかける。
「お疲れ様です。あれ?板垣さん、まだ帰らないのですか?」
声をかけた相手は、板垣 怜。
彼はラマン生命保険相互会社の契約審査部のアンダーライターだ。
アンダーライターは引き受け審査員とも呼ばれて、保険契約が適切か、問題がないか事前に調査をしている。
「ああ、まだ少しかかるかな。僕のことは気にせずに帰っていいよ」
板垣が柔らかい笑みを浮かべる。
「そうですか。お先に失礼します」
「お疲れ様」
声をかけてきた社員を見送ると、板垣はデスクの上にあるノートパソコン画面に目を向けた。
ひたすらキーボードを打っている間、オフィスの中は板垣一人になっていた。
やっと入力を終えた板垣は、静かにノートパソコンを閉じると、デスクから立ち上がった。
オフィスを見回した板垣は、照明を消して静かにオフィスのドアを閉めた。
オフィスのあるビルから出て、板垣は駅まで歩いた。
深夜になろうとしている夜道は、誰一人歩いていない。
終電に間に合うように、少し早歩きをした板垣の影は長く伸びていたが、不自然に長くなっている気がした。
板垣は立ち止まって、後ろを振り向いた。
後ろは誰もいない。
暗闇の中にわずかな街灯の光に照らされ、夜風に揺れる街路樹の葉がざわめくだけだった。
板垣はまた歩き、駅に着く。改札を通り、ホームに立ち電車が来るのを待った。
終電を待つホーム。
いつもなら数人の人がいるのに、今日は誰もいなかった。
早歩きのおかげで、電車の到着には少し時間があった。
板垣はホームにあるベンチに腰掛けて、携帯電話を取り出す。
携帯電話の画面からブックマークをタップすると、グルメサイトのWEB記事が表示された。
人気のベーカリーとパン職人と書かれた記事。
そこには[Boulangerie カジワラ]の紹介、紗羅の写真が掲載されていた。
板垣は愛しそうに紗羅の写真を見つめていたが、画面の紗羅に影が差し込んだ。
「……?」
急に陰った画面から視線を足元に映すと、大きな影があった。
自分を覆っている?
板垣はハッとして、後ろを振り返る。
そこには黒いフードマントの男が、顔を伏せて立っていた。
そして男がゆっくりと、顔をあげた。
「君は……」
驚く板垣が見たのは、
「俺は……お前がストーカーしている紗羅の弟だ」
と言った男——冷酷な笑みを浮かべる樹だった。
板垣は驚いた顔で樹を見つめていたが、
「樹……くん? え? 君……まだ入院していたはず」
と困惑した声を出した。
「俺が入院していることを知っているなら、今の紗羅の状態も知っている。そうなんだろ?」
板垣は無言で頷いた。
「さすがストーカーだな」
樹は呆れた声を出すと、板垣はさっきよりも驚いた顔をして
「ストーカー?僕の……ことか?」
と言った。
「は?お前、何とぼけてるんだ?今も紗羅の写真を見ているだろ」
樹は苛立ちながら言う。
「お前が紗羅にストーキングしているのは、わかっているんだ」
「いや、俺はストーキングなんかして……」
「ちゃんと他の人からも、お前が紗羅のストーカーだと聞いている」
「え?誰が……」
「れみ……いや、そんなことはお前に言う必要ないだろ!」
樹は思わず糸原れみの名前を出しかけて、焦った声を出した。
「とにかく、お前が紗羅のストーカーで、俺は紗羅の命を助ける為に、お前の魂を刈り取るんだよ」
「……」
板垣は言葉を発しないまま、樹をジッと見つめた。
その視線に居心地の悪さを樹は感じたが、気を取り直して板垣に言う。
「お前は紗羅の幸せを邪魔する者。紗羅が生きて幸せになる為に、お前の魂がいる」
樹は左手の手のひらを上に向けた。
「ストーカーは嫉妬の罪に値する」
樹がそう言った瞬間、手のひらに浮き出た蒼い炎が大鎌に変わり
「お前は紗羅に魂を捧げて、懺悔しろ!」
板垣の首元へと鎌を大きく振り上げた。
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