約束の9時少し前に真子はアパートを出た。
そして通りで拓の車を待つ。
しばらくすると車が近づいて来る音が聞こえた。
真子が振り向くと、星のエンブレムで有名な国産のSUV車がこちらへ向かって来る。
車は真子の前でピタリと停まると、助手席の窓から拓が顔を覗かせた。
「おはよう、真子。お待たせ」
「おはよう。迎えに来てくれてありがとう」
真子はそう言って助手席に乗り込む。車内は新車の香りがした。
「凄くカッコイイ車を借りたね」
「ああ、俺向こうではこの車の色違いに乗ってるんだ。だからこれにした」
二人しか乗らないのでもっと小さい車でも良かったのだが、拓はあえてこの車にした。
なぜなら今日は真子との初めてのドライブデートだからだ。
そしてレンタカー会社に予約を入れて車を取りに行くと、ちょうど新車が入ったからとこれを貸してくれた。
記念すべき日にはぴったりだ。
「とりあえずファミレスでモーニングだ」
「うん。おなかぺこぺこだよ」
「ハハッ、真子は昔から食いしん坊だからな」
拓は真子をからかうと、カーナビを指差して市内にある数件のファミレスのうちどれがいいかと真子に聞く。
真子は迷わずパンケーキメニューがあるロイヤルガーデンを選んだ。
「相変わらずロイヤルガーデン好きかよ」
拓がからかうように言うと、
「だってあのファミレスに行くと神奈川に戻った気になるんだもん。北海道へ来たばかりの頃はホームシックになるとよく行ったんだ」
拓は車をスタートさせてから真子に聞いた。
「ホームシックになったのか?」
「うん、最初の頃はね。だって神奈川にあった店がこの町には全然ないんだよ。だからたまに思い出しちゃって」
「確かにな。でも最近はUターンやIターンで戻って来る若者が増えるらしいじゃないか。だからこの町にも新しい店が結構増えてるんだろう?」
「うん、美味しいパン屋さんは結構増えたかも」
「郊外に行くと洒落たレストランもあるみたいだしね」
「うん、あるよ。北海道らしい雄大な景色を眺めながら食事が出来る店もね。もちろんお料理も美味しいし」
「いいね。夜はそういう所に行ってみたいな」
「オッケー。いくつか知っているから後で教えるね」
真子はニコニコして答える。
(そんな素敵な店に誰と行ったんだよ…)
拓は気になってしょうがない。
なんとなく心がモヤモヤしたままなので、思い切って真子に聞いてみる事にした。
「で、そのレストランには誰と行ったんだ?」
拓がそんな事を聞いたので真子は驚く。
そしてすぐにピンときた。拓はやきもちを妬いているのだ。
思わず可笑しくなって真子が笑いながら言った。
「お父さんとお母さんとだよ。拓のバーカ」
真子はケラケラと笑っている。
しかし拓は心からホッとしていた。
「なんだよ、家族で行ったのかよ」
「うんそう。お父さん達が神奈川へ帰る前に記念にって毎週のようにあちこちのお店に行ったんだ。その時美味しいお店をいっぱい見つけたの」
「そうか、じゃあ夜はとっておきの店を紹介してもらおうかな」
「任せて!」
真子は得意気に言った。
ファミレスに着くと二人は窓辺の席に向かい合って座った。
昔のようにドリンクバーでカフェラテを入れて来た真子を見て、
「真子は相変わらずカフェラテ信者か」
拓はそう言って笑う。
からかわれた真子は、ほっぺを膨らませて抗議する。
「マイルド系が好きなんだもん。拓だって相変わらずブラックコーヒーじゃん。昔っから大人ぶってブラックで飲んでたよねー」
「今はもう大人だしー。それに俺がココアとか飲んでたら気持ち悪いだろう?」
その言葉に、思わず真子がプッと噴き出す。
「ちょっとやめてよ、飲み物吹きそうになったじゃん」
「俺にぶっかけたらおしおきだからな」
「そんなヘマはしないよーだ」
真子は笑いながらカフェオレを口に運ぶ。
その時拓は、真子の右手にシルバーのリングが光っているのを見つけた。
「真子」
「何?」
「右手貸して」
「?」
真子は不思議そうな顔をしたまま右手を拓に差し出す。
すると拓は右手の薬指にあるリングを抜き取り、真子の左手の薬指へとはめた。
「……」
真子が驚いて何も言えずにいると、拓は自分の右手にはまっていたリングを引き抜き左手の薬指へはめる。
「これからは二人でこっちの指にはめよう」
拓はそう言ってニッコリと笑った。
真子は少し照れたように「うん」と頷いた。
その後、二人が注文したパンケーキとサンドイッチをロボットが運んで来た。
ロボットから皿を受け取りテーブルへ置いた後拓が言った。
「8年前のあの頃、ロボットが料理を運んで来るなんて思ってたか?」
「思わない。あの時はまだ人手不足とか話題になってなかったよね?」
「うん。でも凄いよな、マイナスをプラスの発想に変えてこんなロボットを導入しちゃうんだもんなー」
拓は感心したように言う。
「ほんとそうだよね。なんかさ、こういうのを見ていると人口が減ってもなんとかなるんじゃない? って思えるよね?」
「だな」
その時拓は、真子がパンケーキのクリームを派手に唇の端につけているのに気付く。
「真子!」
拓は真子に呼びかけると、右手の指で真子の口についたクリームを拭いペロリと舐めた。
「あ……」
「食いしん坊さん、もう少し落ち着いて食べなさい。もう大人なんだから」
拓はからかうように言うと優しく微笑んだ。
その笑顔を見た真子は、思わず胸がキュンと疼く。
あの頃と変わらない拓の爽やかな笑顔を見て、涙が溢れそうになる。
まさか拓とこうしてファミレスで向かい合い、あの頃と同じようにお喋りをしながらモーニングを食べるなんて想像もしていなかった。
真子は目頭がどんどん熱くなってきたが、せっかくのデートを涙で濁したくなかったので涙を必死にこらえた。
コメント
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拓君のやきもち、わかるなぁ‼️でもそれをサラッと聞けるのが爽やかで良き😊👍 💍もしっかり左薬指にはめて心はしっかりと結ばれてる👩❤️💋👩 これからたくさん話そ! 2ヶ月間だしその後のことも美桜ちゃんも含めて話していこうね😊❤️