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なもなき茶@小説で忙し
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クラゲ
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#一次創作
ruruha
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ruruha
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放課後の日下部の相談室に来た男子生徒は、椅子に座ると、鞄を足元に置いて深く息を吐いた。
「人の話を聞くのって、疲れませんか」
日下部は手元のプリントから顔を上げた。
「内容によるだろ」
「まあ、そうなんですけど。友達の話を聞いてるだけで、すごく疲れることがあって」
男子生徒は制服の袖口をいじりながら続けた。
「別に嫌いなやつじゃないんです。むしろ仲はいいほうで。向こうも、俺のことを信用して話してくれてるんだと思います」
「それで?」
「毎回、話が長いんです。クラスの人間関係とか、家のこととか、部活のこととか。嫌なことがあるたびに俺に話してきて、俺も普通に聞いてるんですけど……帰る頃には、こっちまで何もしたくなくなるんです」
言い終えてから、男子生徒は気まずそうに笑った。
「こんなこと言ったら、ひどいやつみたいですけど」
「何が?」
「友達が困ってるのに、話を聞くのが面倒だと思ってることです」
日下部はすぐに答えず、机の上に置いていたペンを転がした。
男子生徒はその沈黙を、自分の話を整理する時間だと受け取ったらしい。
「しかも、俺が疲れてるときでも話してくるんですよ。こっちが適当に返すと、何かあった? って聞かれるし。何もないって言うと、じゃあ聞いてよってなるし」
「断ったことは?」
「ないです」
「何で?」
「断ったら、傷つくと思うから」
男子生徒は即答した。
「俺だって、友達に話を聞いてもらうことはあるし。自分が困ってるときだけ助けてもらって、相手が困ってるときには知らないっていうのも、何か違うじゃないですか」
「相手が困ってるときは、毎回お前が聞かなきゃいけないのか?」
「毎回ってわけじゃ……」
言いかけて、彼は黙った。
実際には、毎回聞いていた。
メッセージが来れば返す。休み時間に呼び止められれば話を聞く。帰り道に相談が始まれば、予定があっても足を止める。
最初は、頼られることがうれしかった。
自分だから話してくれる。自分なら受け止められる。
そう思っていた時期もあった。
けれど最近は、友達の顔を見るだけで、今日は何の話をされるのだろうと考えてしまう。
そんな自分に気づくたび、嫌な気持ちになった。
「……最近、そいつからメッセージが来ると、開く前から疲れるんです」
男子生徒は俯いた。
「通知を見て、また相談かなって思って。返事を遅らせると悪い気がするから返すんですけど、そこから長くなることもあって」
「返したら、話を聞かなきゃいけない流れになる?」
「だいたいは」
「そりゃ、通知を見るのも嫌になるだろ」
思っていたよりあっさり言われて、男子生徒は顔を上げた。
「……嫌になってもいいんですか」
「嫌になること自体は、どうにもならないだろ」
日下部は肩を軽く動かした。
「疲れてるのに、疲れてないふりをして聞き続けたら、そりゃしんどくなる」
「でも、相手は悪くないんです」
「悪いかどうかの話じゃないだろ」
男子生徒は口を閉じた。
日下部は続けた。
「相手が本当に困ってることと、お前がいつでも話を聞けることは別だろ。そいつに悪気がなくても、お前に余裕がない日はある」
「……そうですけど」
「それに、話を聞くって、ただ黙って座ってればいいわけでもないだろ」
男子生徒が頷いた。
「何て返すか考えるし、変なことを言って傷つけないように気をつけるし。相手が落ち込んでたら、何とか元気になってほしいとも思う」
「そうなんです。適当に聞くわけにもいかないから」
「だから疲れるんだろ」
男子生徒は膝の上で手を組んだ。
自分が疲れていた理由を、初めて誰かに言葉にしてもらった気がした。
ただ長い話を聞かされるからではない。
相手の気持ちを考え、言葉を選び、どうにか力になろうとしていたからだ。
それを自分で選んでいたのだから、疲れたと言うのはわがままなのだと思っていた。
「俺、話を聞いてる途中で、早く終わらないかなって思うこともあるんです」
「あるだろ、そういうことも」
「……日下部、普通に言いますね」
「思うことまで禁止できないだろ。実際にどう接するかは別として」
男子生徒は少しだけ笑った。
「友達が同じ話を何回もすることもあって。前にも聞いたなって思うんですけど、初めて話すみたいに聞いたほうがいいのかなって」
「前にも聞いたって言えばいいんじゃないか」
「えっ、そんなこと言っていいんですか?」
「責める言い方じゃなければ。『前も聞いたけど、まだ解決してないんだな』とか」
男子生徒は考え込んだ。
「でも、解決してないから話したいんですよね」
「そうだろうな」
「だったら、また聞かなきゃいけない気がします」
「また話したいことがあるのと、お前が何度でも全部受け止めなきゃいけないのは、別の話だろ」
男子生徒は顔を上げた。
「同じ悩みが続いてるなら、同じ話を何度も聞くこともある。でも、毎回お前が最初から最後まで付き合わなきゃいけないわけじゃない」
「……途中で切り上げても?」
「お前にも用事はあるだろ」
「ありますけど」
「じゃあ、その用事を優先する日があってもいい」
日下部の言葉には、特別な慰めも、立派な結論もなかった。
だからこそ、男子生徒は反論できなかった。
自分には用事がある。
疲れている日もある。
話を聞く余裕がないことだってある。
そんな当たり前のことを、友達に対してだけ認められずにいた。
「……俺、そいつに頼られなくなるのも嫌なのかもしれないです」
日下部は視線を向けた。
「どういうこと?」
「最初は、頼られるのがうれしかったんです。俺に話してくれるってことは、信用してくれてるってことだと思ったから」
男子生徒は、膝の上の手を見つめた。
「だから、断ったら、その信用がなくなる気がするんです。今まで聞いてくれたのに、急にどうしたんだって思われそうで」
「急にじゃないだろ。今まで無理して聞いてたなら、限界が来ただけかもしれない」
「でも、相手からしたら急ですよ」
「それはあるな」
日下部は否定しなかった。
「今まで何でも聞いてくれたやつが、今日は無理って言ったら、相手は戸惑うかもしれない。少し不満に思うかもしれない」
男子生徒の表情が曇る。
「……やっぱり、そうですよね」
「でも、相手が戸惑うことと、お前が間違ってることは同じじゃない」
男子生徒は何も言わなかった。
日下部は、言葉を選ぶように少し間を置いた。
「今まで聞いてきたからって、これから先も同じことを続ける約束をしたわけじゃないだろ」
「……はい」
「友達なら、いつでも何でも受け止められるはず、って考えると、お前のほうが先に持たなくなる」
男子生徒は、ゆっくりと息を吐いた。
友達を大事にしたかった。
頼ってくれることもうれしかった。
けれど、その気持ちを守ろうとするほど、断ることが怖くなっていた。
疲れていると伝えれば、相手を拒絶することになる。
今日は聞けないと言えば、今までの自分まで嘘になる。
そんなふうに考えていた。
「じゃあ、何て言えばいいんですか。いきなり『もう聞きたくない』って言うわけにもいかないし」
「そこまで言う必要はないだろ」
日下部は少し呆れたように言った。
「今日はちょっと疲れてるから、また今度聞くとか。今は余裕がないから、長くは話せないとか」
「それで、相手が『俺のこと嫌いになった?』って聞いてきたら?」
「嫌いになったわけじゃないなら、そう言えばいい」
「でも、嫌いじゃなくても、話を聞きたくないときはあるんですよね」
「あるだろ」
その返事に、男子生徒は思わず笑った。
「何か、俺、すごくひどいことを考えてるみたいに思ってました」
「実際に相手を雑に扱うのと、自分に余裕がなくて断るのは違うだろ」
男子生徒の笑みが、少しずつ消えた。
「……そいつが本当に困ってるときに、俺が聞かなかったせいで、もっとつらくなったら?」
「それは心配なんだろうな」
日下部は、そこで話を打ち切らなかった。
「でも、お前一人が聞き続けなきゃどうにもならない状態なら、それも考えたほうがいい。お前が全部抱え込むことで解決するとは限らないから」
「他の人に話せってことですか?」
「そいつが望んでることもあるだろうし、悩みの内容によっては、他の人の力が必要なこともある。お前だけで何とかしようとしなくていい」
男子生徒は静かに頷いた。
友達を見捨てたいわけではない。
ただ、友達のつらさを自分が引き受けなければならないと思うと、苦しくなる。
その二つは、両立するのだと、ようやく少し分かった気がした。
帰りのチャイムが鳴る。
男子生徒は鞄を持ち上げたが、すぐには立ち上がらなかった。
「……俺、次にそいつから相談されたら、ちゃんと聞ける日なのか考えてみます」
「それでいいんじゃないか」
「聞けない日があっても、友達でいられるといいんですけど」
日下部は、男子生徒の顔を見た。
「お前が聞けない日があるだけで終わる関係なら、そもそもお前一人が頑張って維持するものなのか、考えてもいいと思う」
男子生徒は少し考え、それから頷いた。
「……はい」
扉を開ける前、彼は振り返った。
「あと、俺も誰かに相談するとき、相手が疲れてないか考えようと思います」
「そうだな。相手も人間だから」
「日下部も?」
「俺も」
短い会話のあと、男子生徒は部屋を出ていった。
廊下に足音が遠ざかる。
日下部は、机に残ったプリントを揃えながら考えた。
誰かの話を聞くことは、相手を大切にする一つの方法だ。
けれど、どれだけ大切な相手でも、いつでも同じだけの余裕があるわけではない。
疲れることと、嫌いになること。
断ることと、見捨てること。
それらは、似ているようで違う。
相手のつらさを大切にするために、自分の疲れをなかったことにする必要はない。
誰かを支えることと、自分一人で支え続けることも、同じではないのだから。
コメント
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うわー、このエピソード、すごく刺さりました……。誰かの話を「聞くこと」の重みを、こんなに丁寧に描いてくれるなんて。男子生徒が「最初は頼られることがうれしかった」って言うところ、もう完全に分かるし、そこから気づけば「通知を見るだけで疲れる」ようになるまでの心理描写がリアルすぎて苦しくなりました。 日下部先生の「疲れてるのに疲れてないふりをして聞き続けたら、そりゃしんどくなる」という返しが、すごく優しくて、でも断言してくれる感じが心地よかったです。相談された側が「友達を大事にしたい」と思うほど断れなくなるジレンマ、本当によくある話だからこそ、この「断ることと見捨てることは違う」というメッセージが胸に沁みました。 ruruhaさん、こういう「当たり前だけど言ってもらえないこと」を言葉にしてくれる作品、本当にありがとうございます。次回も楽しみにしています!