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翌日の午後、オラシオの案内で、港の外れにある古い写真館の暗室を借りることになった。通りに面した店先は色褪せているのに、奥へ入ると薬品と紙の匂いが濃くなる。ディアビレはフィルムケースを胸元で握ったまま、赤い安全灯の下へ立った。
「緊張する?」
オラシオに聞かれ、少しだけ頷く。
「中に何が入ってても、もう見たいです」
現像液の槽へ、慎重にフィルムが沈められる。時計の針が進むあいだ、誰も無駄口をきかなかった。ジナウタスまでついて来ているのに、いつも以上に静かだ。
やがて、最初の像が白い印画紙の上へゆっくり浮き上がった。
海辺に立つ、まだ新しい頃のホテル・ステラマーレ。隣には小さな喫茶室。看板の文字は今よりはっきりしていて、窓辺に花が多い。ディアビレは思わず息をのんだ。
「これ……」
次の一枚が現れる。若い男女が並び、その少し後ろに、幼い子どもが二人。さらに別の一枚には、ホテルと喫茶室の境目に立てられた古い木製看板が写っていた。
オラシオが顔を近づける。
「署名がある。二人分」
赤い灯りの下で、写真の端に書かれた名前が少しずつ読めてくる。ディアビレの母の名。そして、もう一人。
ジナウタスがその場で言葉を失った。
「……母さんだ」
低く落ちた声に、ディアビレは振り向いた。彼の目は写真から動かない。
さらに一枚、今度は看板の下に、契約文のような小さな文字まで写り込んでいる写真が出た。全部を読むには拡大が要る。けれど、それがただの記念写真ではないことだけは分かる。
暗室の赤い光の中で、眠っていたものがひとつずつ起き上がってくる。
ディアビレは濡れた写真の縁を見つめた。真実というものは、もっと派手に現れるのだと思っていた。けれど実際は、薬液の底から静かに浮かぶらしい。
#海辺の町