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第29話「揺らぐ波、崩れる心」
準決勝の相手は紅波地区。
大会でも常に上位に食い込む強豪で、その波は赤から朱、橙まで燃えるように渦を巻いていた。
コートに入ると、対面に二人の選手が立っていた。
一人は長身の青年・藤間(とうま)。燃える赤髪を無造作に立て、広い肩幅の体格から濃い赤波を放つ。
もう一人は小柄だが鋭い目をした少女・美智(みち)。漆色のショートボブに、細い腕とは裏腹に鋭い波をまとっていた。
「相手は最初から全開でくるぞ」
陸が短く言い、絶香圏を低めに展開する。
拓真は頷き、緑波を保ちながら呼吸を整えた。
試合開始——。
藤間が一直線に突っ込んでくる。赤波の圧に押され、足元の光パネルが大きく歪んだ。
拓真は波を橙へ変えて受け止めようとしたが——重い。
衝撃で肩が痺れ、波が一瞬だけ黄へと薄まった。
「……落ち着け!」
自分に言い聞かせるが、藤間の赤波は間髪を入れず押し寄せる。
後方の美智が細かく波を撃ち込み、まるで相手の心拍を読むかのようなリズムで動きを止めてきた。
——駄目だ、このままじゃ押し切られる。
観客席からは紅波地区の応援が響く。
香波社会では強波は英雄視されやすい。特に赤波は「情熱」「闘志」の象徴とされ、スポーツ分野でも人気が高い。
拓真の耳には、その熱狂が圧力のように迫ってきた。
波が乱れ、視界の色が霞む——その瞬間、陸が藤間の前に割って入る。
絶香圏が間を切り裂き、拓真の呼吸が戻った。
「立て直せ、拓真! お前は波を読むんだろ!」
陸の声で、拓真の胸の奥が震える。
波の芯——そうだ、色に呑まれるな。
拓真は視線を美智に向け、その波の中心が僅かに揺らぐ瞬間を捉えた。
緑波で触れ、橙に変えて抉り込む。
美智の波が崩れ、藤間の連携が一瞬だけ途切れる。
時間切れのホイッスルが響いた。
判定は——僅差で紅波地区の勝利。
悔しさで唇を噛みながらも、拓真は終盤で自分の波を再び安定させられたことを実感していた。
——負けた。でも、次は崩れない。必ず。