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「ねえ、蓮司くん」
旧校舎の教室。誰もいないはずのその一角に、ふいに顔を出したのは、ひとつ下の学年の女子だった。髪はきちんと結んでいて、制服もよく整ってる。
いかにも「ちゃんとしてそう」な、静かな子。
「相談室って、まだ開いてる?」
「閉めたけど。暇だから聞いてやるよ。で、どしたの、“ちゃんとした子”」
少女は、少し眉をひそめた。
「……そうやって、すぐラベリングするの、性格悪い」
「ありがと。でも本当のことしか言ってない」
蓮司は机に足を投げ出したまま、どこか退屈そうに言う。
「お前、いつも“ミスしないように”って動いてんの、丸わかり。
頭下げるの早いし、謝るの慣れてるし。で、たぶん……怒られるの、異常に怖い」
「……」
「違う?」
彼女は少しの間、視線をそらした。だけど、やがて小さく、ぽつりと。
「……怒られたくないんじゃなくて、“ちゃんとできない自分”がイヤなんです」
「はあ」
蓮司は鼻で笑った。
「めんどくせえタイプきたな。完璧主義こじらせた自己否定マニアかよ」
「……わかってるから、言わないで」
「でもそうだろ。自分で自分に、ずーっと減点つけてんだよ。“またできなかった”“なんでこうなるの”って」
「……うん」
彼女の声は、ほとんど息だった。
「でも、誰にも迷惑かけてないのに、“できなかった”だけで一日全部ダメになった気がして……。
もっと頑張れって言われたわけじゃないのに、勝手にがんばらないとって思って、……勝手にしんどくなって」
「ねえ、それさ」
蓮司は急に身体を起こして、まっすぐ彼女を見た。
「自分のこと、誰よりも雑に扱ってるの、お前自身じゃね?」
「……え」
「他人には“頑張らなくていいよ”とか言えるくせに、自分には絶対言わない。
そんなん、ただの虐待だよ。……自分から自分へのな」
言葉が、静かに、でも深く落ちる。
彼女は目を伏せ、唇を噛んだ。
「……じゃあ、どうすればいいの?」
「知らね。俺カウンセラーじゃねえし。
でも――」
蓮司は片手を上げ、あくびをかみ殺しながら言った。
「とりあえず、ここではミスっても文句言わねーから、何でも言っとけ。減点はしない主義なんで」
「……それ、優しいつもり?」
「ただの事実。つーか俺、優しくすると死ぬ体質だから」
彼女は、ふ、と笑った。ごくわずかに、力の抜けた笑みだった。
「……じゃあ、減点なしで聞いてよ。
今朝寝坊して、髪もちゃんと結べてなくて、それだけで自己嫌悪して……正直、ちょっと泣いた」
「……あー、それは減点しとく」
「えっ」
「嘘。ちょっと面白かっただけ」
蓮司の声に、彼女の笑いが少しだけ本物になる。
その目にはまだ疲れがあった。でも、少しだけ呼吸がしやすくなっていた。