テラーノベル
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休日。駅前の映画館。人混みに紛れて歩く遥は、どこかぎこちない足取りだった。
「……ほんとに来ちまった」
手元のチケットを見つめながら、ぼそりとつぶやく。
隣で日下部が少し笑った。
「来る気なかったのか?」
「いや……そうじゃねぇけど。俺なんかと行っても、つまんねぇだろって」
「そんなの決めつけるなよ。俺は見たいから来た。それだけだ」
遥は言葉を返せず、視線を逸らした。目の前のポスターには、銃を構える主人公の姿。派手なアクション映画だ。蓮司の趣味っぽいが、遥にとってはむしろありがたかった。少なくとも恋愛映画ではない。
館内に入ると、暗い劇場に観客が吸い込まれていく。ポップコーンを抱えたカップル、友達同士、家族連れ――その中で、遥は居心地の悪さを隠せなかった。
「……俺たち、変に見られてねぇか」
「気にしすぎだろ」
日下部は淡々とした声で返す。
「二人で映画観に来るくらい普通だ。誰も俺らのことなんて気にしてねぇ」
その言葉に遥は一瞬黙り、わずかに肩の力を抜いた。
上映が始まる。スクリーンが光を放ち、派手な爆発や銃撃戦の音が響く。
遥は映画に集中しようとしたが、ふと横の気配が気になった。日下部が真剣な顔でスクリーンを見ている。その横顔を見ていると、不思議な感覚が胸に広がった。
(……なんでこいつ、俺なんかと平気で並んで座れるんだ)
場面が盛り上がると観客が笑ったり驚いたりするが、遥は表情を動かせない。ただ、時々隣の反応を盗み見てしまう。
二時間後、照明がつく。拍手がわずかに起こり、人々が席を立ち始める。
「面白かったな」
日下部が素直に感想を口にする。
「……まぁな」
遥は短く答えた。だが口調は思った以上に柔らかい。
スクリーンの光に照らされた時間だけ、いつもの重さをほんの少し忘れていたのかもしれない。
映画館を出ると、夕方の街のざわめきが耳に広がった。
屋台の匂い、ゲームセンターの呼び込み、カップルの笑い声。遥は立ち止まり、小さく吐息をもらす。
「……なんか、夢みてぇだったな」
日下部が振り返る。
「ん?」
「暗ぇとこで、何も考えずに映像見て……俺が誰かとか、忘れられた気がして」
遥は無意識にこぼしてしまった。普段なら絶対言わない言葉。
日下部は驚いたように目を瞬かせ、それから小さく笑った。
「それでいいじゃねぇか。そういう時間があっても。……なんか素直だな、遥」
遥はすぐに視線を逸らし、耳が赤くなる。
「……別に、褒めてねぇだろ」
「褒めてない。感想言っただけ」
日下部は照れ隠しのように、ポケットに手を突っ込む。
「でも……また行こうぜ。映画でもなんでも」
遥はしばらく黙っていた。人混みの中で、知らない子どもたちの笑い声が遠くから聞こえる。
その中で、遥は小さな声で答えた。
「……考えとく」
日下部はその言葉だけで十分だと悟ったように、何も言わず前を歩き出した。
遥はその背中を見つめ、胸の奥にわずかな温度を抱えながらついていった。
遠くで街の灯りが瞬いている。
蓮司のことを思えば、これはきっと“観察”の一部にすぎないのだろう。
だが――少なくとも今だけは、遥にとってそれ以上の意味があった。
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